昔々、まだ日本が高度成長期と呼ばれて間もない頃、人々は明るく社会はその光を受けて、一層明るく輝きました。

失業の心配など、誰もしていない社会でした。


あれから100年足らず、日本はデフレ不況と言う、世界初・人類史上初の大不況に突入しました。

人々は暗く、常に失業の不安に怯え、誰もが副業をしている。

そんなせせこましい世の中になりました。

こんな人々の作る世の中が明るいはずがなく、毎日不祥事やスキャンダルが乱れ飛び、選挙当日には誰もそんな事を覚えていない、そんな世の中になってしまいました。

 

人々は歴史を重ね、技術は進歩しているのに、なぜ世の中は進歩しないのでしょうか?


さて、これからどのような社会になっていくのでしょうか。


どんな世の中ならば、幸せですか?


よくありますね。

「こうすれば、貴方は幸せになれる!」ってやつ。


しかし本当の幸せとは、自分自身で見つけるもので、他人が規定して決まるものではありません。


貴方は、「現金万能教」に嵌まり、知らず知らずの内に崇拝していませんか?

万歳していませんか?


どういう世の中なら、生き易いですか?


こうあるべきですよね。

結局、人間は、「何度失敗しても、気軽にやり直せる社会」を求めているのではないかと。


アメリカが幾ら国として破綻してても、それでも讃える人が多いのは、この国としての根本がしっかりと出来上がっているからではないでしょうか。


自己責任論の誤り


「やり直しのし易い社会」、これを阻む最たるものが、「ミスは、その人個人の責任。だから会社も組織も関係ない。その人個人にとことん責任を取らせるべき」と言う自己責任論です。


しかし、こんなのが流行ったからこそ、誰もが責任から逃げ、責任を押し付けあい、擦り付け合う、そんな地獄のような世の中になってしまいます。

(もうなってるけどねw)


自己責任論は、最早、百害あって一利なしなのですから、一刻も速くあらためるべきですね。


出ないと、一番上の人だけが、文句を付けられる可能性が無く、最上位の権力を使って、いつまでもその地位を維持し、下っ端はいつまでも下っ端。

なんとかのし上がりたければ、上位者にゴマを擦りながら、下克上をしていく、といった手段しかありません。

下克上していく過程で、上位者の考え方や振る舞いを真似し、そして自分もそれに染まってしまうのは、よくあります。


自己責任論が蔓延る限り、世の中が変わる可能性は、常にゼロなのです。

そして、どんどん世の中を階層付けしていく、恐るべき思想です。


自己責任論こそが、この世の中を決定的にダメにしているのです。



誰もが生き易い社会とは


しかし、自己責任論を潰すだけでは不十分です。


誰もが生き易い社会を築く為には、誰もが再チャレンジ出来る環境がなければなりません。


つまり、例え、一文無しになったとしても、素寒貧になったとしても、獄中から帰る家も無いのに出所しても、それでもきちんとやり直せる社会、つまりは、社会的にもう復活の可能性すら完全に奪われる、そして生活全て監視されてるような、生活保護よりも上の救済措置・生活保障制度、すなわち、経済的な社会保障制度がいるのです。


望まれる、リスクの国有化



まず、アメリカはここを金融制度で補っています。

そして日本でも、それはやられ始めています。


しかし、日本のはアメリカのと違って極めて小規模であり、スタートアップの企業にとって必要なのは、銀行融資のように、継続した企業支援であり、一発しか弾の入ってないバズーカなど、誰が欲しがるのか、と言う話です。


そうなると、やはり公的支援しかありません。


倒産や支払い不能、支払い猶予といったリスクを誰がどう負担するのか。


アメリカは資金の出し手が100%負担します。

中国は、各種個人情報を集めている企業があり、それを売る事で収益を上げている企業がありました。

もう、融資なんて情報を集めてボタンを押す作業でしかないよ、と言うのが、中国です。

(もう共産党によって、その企業は国有化されました。)


日本は今まで、「金融機関業界」がリスクを負いつつ、国にも助けてもらおう、と言う半官半民の状態でやってきました。

ある意味、究極の責任分散術ですよね。


しかし、バブルが弾けて金融システム不安が起こり、不況になり、デフレになり、100年に一度と言われたリーマンショックが起こり、1000年に一度と言われた東日本大震災が起こり、止めを刺すかのように、今回のコロナ禍です。

金融機関も、堪らないでしょう。


日本がかつてのように、「日本式土地本位制」に戻るのか、それとも新しく、中国式を取り入れるのか、どちらにしても今の日本には困難な道です。


今の日本は、国民も業界も「リスクの完全国有化」を求めています。


そうでなければ、また、どんな特別な金融機関を作っても失敗するでしょう。


そして、それこそが、日本経済復活の狼煙となる事でしょう。