子育てと仕事の両立は“無理ゲー”か?「若者の恋愛離れ」を後押しする複雑な要因
2022年6月14日に公表された内閣府『令和4年版男女共同参画白書』では、デート未経験の20代男性は39.8%、20代女性は25.1%という結果だった。これに驚いた人もいるかもしれない。
意識の変化をさらに深掘り、恋愛や結婚に前向きになるために必要なことを『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど:ポストフェミニズムと「女らしさ」のゆくえ)』(晃洋書房)の著者で武蔵大学社会学部 社会学科で講師を務める高橋幸氏に話を聞いた。
◆コロナで「関係が改善した」ケースも
まずは新型コロナウィルスが、結婚に関してどのような影響を及ぼしたのかを聞いた。高橋氏によれば、むしろポジティブな結果を導いた可能性があるとのことだ。
「これまで全く家におらず、一緒に過ごす時間も短かった夫婦が家に閉じ込められたことにより、軋轢が生じてしまい、『コロナ離婚が増えるのではないか』といった報道も出ました。しかし、2021年の学術調査『コロナ流行と性 調査2』によれば、『カップル関係が改善し、性的な関係も良好になった』と答えた人の割合のほうが、『悪化した』と答えた人の割合よりも多かったようです。
外で働いていた男性が在宅勤務になったことで、父親が家族や子どもと一緒に過ごす時間が増え、それが家族関係に良い影響を与えた可能性があります。とはいえ、夫が家にいることで、食事を三食しっかり作ることを要求され、妻の負担する家事が余計に増えたという報告も。いずれにしても、まだデータが出そろっていない状況ですので、コロナ禍が家族生活にどのような影響を与えたかについて、断言することはできません」
◆出会いの場が減った影響は大きそう
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しかし、不透明な点は多く、メディアのキャッチーな情報には慎重に向き合わなければいけない。
「2011年には東日本大震災を目の当たりにして、『家族の絆』が重視されるようになり、結婚願望が高まったといった報道がありました。しかし、2011年および2012年の『婚姻件数』は例年よりも低い水準にとどまっており、増加には至っていません。今回も、パンデミックという世界的な危機に陥ったことや、人との接触が制限されたことで、『家族や親密な人との関係の重要性が意識されるようになった』と言われています。
実際“コロナ婚”という言葉も登場し、主にマッチングアプリを運営する企業や研究所などが『結婚願望が高くなっている』というデータを公表していますが、どこまで実際の婚姻件数の上昇に結び付くかは未知数です。出会いの機会を極端に減らすように作用したコロナ禍以降もこのままゆるやかな“結婚離れ”が進行する可能性もありえます。
◆先進国でも未婚率は上昇しているが…
そもそも、アメリカやフランスなどの先進国では未婚率が上昇しており、「結婚したくない」「子供を持ちたくない」と考える若者は世界的に増えているように感じる。ただ、高橋氏は「欧米では法的な届け出をせずにパートナー関係を結んで子供を育てる“事実婚”や“同棲”というカップルの形が増えた。すなわち、統計上の“未婚率”が増えていることを考慮しなければいけません」と解説。
「その証拠として、欧米先進国の出生数や合計特殊出生率は高い水準を保っています。日本は1.30(2021年、以下同)ですが、アメリカの合計特殊出生率は1.66、フランスは1.83、イギリスは1.61、スウェーデンは1.67でコロナ禍で例年より下がっていますが、この水準を保っています。、これらの国で『子供を持ちたくない』と考える若者が全体として増えているとは言いがたい状況です。
もちろん、『結婚せず、子供も持たない』という強い信念を持っている人もいます。しかし、『性別や性的指向にかかわらず、誰もが子育てと仕事を両方しながら幸せな家族生活を送れるような社会が良い社会である』という価値観は根強く残っています」
◆フランスでは育休を取らせないと罰金
また、高橋氏は「先述した北米や北欧、イギリス、フランスのような国は、子供を産んでも仕事を辞めないことが“普通”であり、男性の育休取得率が高いという特徴があります」と結婚や子育てにおける海外の状況をさらに深掘る。
「例えば、フランスではマクロン政権下で、男性の7日間の育児休暇取得が『義務化』されました。育休を取らせないなどの違反を犯した企業には罰金が科されます。一方、家庭責任が女性に降りかかる性別役割意識が強い国の合計特殊出生率を見てみると、ドイツは1.58(2021年、以下同)、イタリアは1.31、韓国は0.81と、前述の国々と比べて低水準になっています」
◆こども家庭庁は子育ての負担を減らせるか
「結婚したい」「子供を持ちたい」と考える若者を増やすための具体的なアイデアを聞いてみよう。
「現代の若者は、自身を取り巻く雇用環境が不安定であり、賃金がなかなか上がらない経済状況を生きてきました。そのため、子育てに関する金銭的・労力的負担が大きければ大きいほど、結婚や子育ての“コスパ”を考えてしまいがち。
一応、2020年から『こども家庭庁』が設立され、政府は子育て支援や家族政策に本腰を入れるとしています。これにより、子育てと仕事の両立が“無理ゲー”である状況が改善され、金銭的・労力的な面での子育て負担が減れば、若者が思い描く将来の形も変わってくるかもしれません」
◆「若者の恋愛離れ」の背景には…
さらには、「子育て・家族政策がうまくいっている諸外国と見比べながら、いまの日本に必要なものを列挙します」と続ける。
「まず、公的な住宅保障に力を入れる必要があります。新たに同居生活を始める人や、子供が生まれて家族が増えた人が安価に適切な住宅を手に入れられるような住宅政策が必要です。次に、乳幼児や病児を含む様々な子どもたちを預かる場とサービスの拡充です。
いつでも簡単に安心して子どもを預けられるような使いやすいベビーシッター制度や、病児も預かれる看護師等の専門家のいる保育所などが必要です。最後に、学校給食の無償化や教育の無償化、児童手当の拡充など子育て費用を社会が負担していく仕組みも喫緊の課題です。
最終的に、結婚や子育てをするか否かについては個人の意志が尊重されるべきです。そして、どちらを選択しても、誰にも非難されず、社会的に不利な状態にも陥ることがないような社会こそが“望ましい社会”だと私は考えています」
子育てにかかるコストの削減だけでなく、子育てしやすい環境整備など、やることは山積みではある。「若者の恋愛離れ」の背景には、一朝一夕では解決できない社会的な要因が複雑に絡み合っているようだ。
<取材・文/望月悠木 編集/ヤナカリュウイチ(@ia_tqw)>
【高橋幸】
武蔵大学社会学部非常勤講師。専攻は社会学、専門は社会学理論、ジェンダー理論。