ヨガ的コラム

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神秘への通路

YOGA HOLY MOUNTAIN


#スタジオヨガ  studio yoga

 毎週日曜日 16:30~17:50

@溝呂木/鶴吉スタジオ
(丸ノ内線新宿御苑駅から1分。JR新宿駅から15分。)
 新宿御苑沿いオレンジ色のドアの小さなスタジオ。
*初回無料*


#プライヴェートレッスン private yoga

ご自宅、あるいはスタジオレンタルで個人レッスン受け付けています。
それぞれの体調・お時間に合わせたレッスン内容が可能です。


#出張ヨガ

グループ・職場への出張もいたします。お問い合わせください。

メールはholy-mountain@nifty.comへどうぞ。

   





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なんでこんなに好きなのか?と思うくらい僕はノイズ・ミュージックが好きである。

「WHITE HOUSE」というノイズのグループがいるが、ヒマな方はYouTubeで「NOISE WHITE HOUSE]と検索してみて、開いてその音を体験していただきたい。
僕が初めてホワイトハウスの音を聞いたとき、まず最初に思った感想は、「歯が抜けそうだな」だった。
メロディやリズムなどどこ探しても存在せず、耳をつんざく高周波のキーンとしたノイズだけ。
人を楽しませようとか、感動させようなんて気持ちは一欠けらも見つからず、かといって何かに対して怒りや悲しみを訴えるといった人間らしい感情も一切なく、ただひたすらキーンである。

まるで拷問を受けているような感覚。初めて聴いて20年たった今でもその印象はまるで変わらない。
いや、変わったのは、あの時よりも苦痛よりも快楽の方が増しているというか、正直言って歳を経るごとに聴いていて気持ちよくなっている。

僕個人の印象で言えば、ホワイトハウスのようなノイズ・ミュージックは他のどんなジャンルの音楽よりも過激であり、極北の表現であるように思う。
僕はそこに強い意志、何かに一切おもねることのない、芸術本来のあるべき毅然とした精神を感じて感動する。

ホワイトハウスを知ったのは1987年に発行された「銀星倶楽部06 ノイズ」である。
これは病原菌のようなものであり、感染してしまった僕の音楽に対する価値観はこれによって決定された。

つづく
ちょっとバタバタしていてブログが書けませんでした。
時々、僕のブログで「ノイズ・ミュージック」の話しが出てくるのだけれど、また僕の中でノイズ熱が再燃しています。

僕は子どもの頃から「変わったもの」「変なもの」が大好きでした。
今もそれは変わっていませんが、音楽に関しては特に常識外れなものが好きで、その原点にあるのは両親が持っていたレコードの三上寛の「BANG!]でした。

このアルバムは今聴いても本当に凄いアルバムなのだけど、その中で「なんてひどい唄なんだ」という曲があって歌詞もシュールだが、サックスプレーヤーの坂田明のサックスが豚の悲鳴のようで、三上寛の「あ~あ~」のた打ち回るようなボーカルと相まって、小学生だった僕のアドレナリンは一気に沸点に達して最高にシビレたのでした。

でも、三上寛以外になかなかそういう音楽にめぐり合えず、高校生のときたまたまテレビをつけたときに勅使川原三郎という舞踊家の「夜の思想」という作品に使われていた音楽が、僕の求めていたシュールな感じにピッタリだった。
高校を卒業し上京して勅使川原三郎の熱狂的なファンになって、彼がよく使っている音楽が「ノイズ・ミュージック」とカテゴライズされる音楽だと知った。

昔、池袋の西武にアールヴィヴァンという芸術書専門の大きい本屋さんがありました。
もう僕なんかはホント胸がときめいて、今思い出してもまだ胸がときめく素敵な本屋でした。
そこにアート系のレコードとCDが置いているコーナーがあって、ノイズ系のレコードとCDがジャンル分けされて置いてあった。
ある日、予備校の友達の大山くんと予備校の自由制作(美術系の予備校)でインスタレーションを作って勅使川原三郎張りのパフォーマンスをしようと、そのために使う音楽をアールヴィヴァンに探しに来て、二人ともよくわからないからジャケ買いで、僕はハズレで、大山くんが買ったノイズのコンピレーションアルバム「U.P.D.COMPILATION」がビンゴ!だった。

一曲目の、DISSECTING TABLE HUMANISM 1 は衝撃的だったなぁ。
自分の中に漠然と夢見ていた、近未来的な、終末、破壊、廃墟、暴風雨のような暴力感覚が渾然となって押し寄せ、本当に凄いエクスタシーを感じたのです。

僕のノイズ・ミュージック行脚は、あの日から始まったのである。

つづく

昨日、仕事が少しだけ早く終わったので、入院している娘に面会に行く。まぁ、ほとんど毎日のように行っているのですが。

やっぱり保育器の中で一人っきりなので、出来る限りお父さんとお母さんはいつも近くにいるよ、と伝えたいのです。
じたばたじたばた悶えていても、背中から抱え込むように手で包んであげると、スーッと落ち着いてスヤスヤと安らぐのです。

昨日も、じたばたじたばた顔を真っ赤にして暴れているので、どれどれ、どうしたよぉ、と手を当てても少しも落ち着かない。
丁度ミルクの時間で、口から直接、胃のほうにチューブを通してお母さんのミルクを与えているのですが、いつもだったらミルクの時間は落ち着くのに、この日は必死に悶えている。
困ったなぁ、と思っていたら娘の枕元におっぱいの形をしたおしゃぶりがあって、コレかもしれないと閃いて、悶えている口に入れたら・・・。

ちゅう、ちゅう、途端に安らいでおしゃぶりを吸いながら、スヤスヤと眠りにつきました。
「そっか、お母さんのおっぱいが欲しかったのか・・・」

おしゃぶりを持っている指に娘の必死さが伝わって、少し胸が熱くなりました。