心の1番深いところ
「この会社が潰れたら、僕が貴方を前社に紹介しますよ」蜜を甘んじて受ける自分でも贔屓なんじゃないかと思うくらい、日々先輩は私に目をかけてくれている。先輩に何かあったら、もし先輩が今の仕事を抜ける時が来たら、貴方も一緒に連れて行くよと、その一言で、いまだに私の心は宙を舞っている。何せ、転職するという先輩の言葉に衝撃を受け涙し、なおかつ個人的に「良ければ転職先に一緒に来ませんか」と言われ更に号泣するという趣旨の夢を見るくらい大好きで、いつまでも後ろをついていきたいのだ。その先輩が、うちの会社が潰れたら、という話の流れで前述の台詞を言った時、私の息は止まった。実際、先輩の前職は日本人なら誰でも知っている某光学メーカーで、会社規模は弊社とは比べ物にならないほど大きいが、優秀な先輩は実際に離職した今でも顔は効くのだろう。飄々と言い切った言葉には、その気になれば本当にできるという自負が滲んでいた。贔屓目があれど、縁に紹介できるだけ、どこへやっても恥ずかしくない。そんな評価があるのなら、それはそれ以上無いくらい嬉しい。でもその先に先輩は居ないし、もう前職には戻らないと言い切る先輩の背は間違いなく追えなくなる。その空想にどれだけの現実味があるかは、今はまだわからないがその想像に私の心は浮き立ち、そして酷く鋭い針が心根の1番深いところに刺さった気がした。