妻と暮らすことに楽しいと思える部分が
まったくない訳ではない。
けれども今のままの生活を続けて行きたくはない。
だから一度、俺は妻と離れたいと思っている。

けれども、縁が切れてしまうことを望んでいる訳ではない。
きちんと生活を見直し、彼女が大人になれたら
また一緒に生活したいとも思う。
でも一度離れてしまえば、
彼女の性格を考えるとそれはきっと無理だろう。

家族よりももっと大事にしたい女がいる。
その女が手に入るのであれば家族と別れる。
そんな理由だったら、気持ちも楽だと思う。
けれど、そんな関係を求められるような相手ではない。

じゃあ、何故俺はひとりになろうとしているのだ。
生活を共にしてみたい女がいながら
別の女を好きになり、代替品のように一緒に過ごすのか?
ならば今のまま家族と暮らした方がいいじゃないか。

ああ、もう分からない。考える気力を失いつつある。
とりあえず独りになって全て捨てよう。身軽になろう。
考えるのはそれからでいい。
一生を共にする覚悟ができていなかったのは
たぶん妻ではなくて俺の方だ。
手のかかる妻と暮らす内に
このままでいいのか、と迷い、
ああ、違う。このまま俺は耐えられるのかと
自信を失い、それで不安になって
彼女を幸せにできないと思い込んだんだろう。
そんな俺が、相手の覚悟を問うなんてどうかしてる。

一緒に過ごす覚悟を決めれば、
今感じている不満はすべて我慢ができると思う。
妻の年齢を考えても、もうあまり時間がないのは分かっている。
覚悟を決めなければならないのは俺だ。
一生を一緒に過ごすのか、それとも逃げ出した自分を
後悔しながら生きていくのか。
許されて過ごすより、憎まれて過ごす方がいい。
他人の言葉の有無が問題な訳じゃない。
俺と過ごす相手が他人の言葉に支配され、
その結果、俺と居ると考えることが興醒めなだけだ。
まあ、いいさ。どうせ俺はもうずっと余っている。
欲しけりゃやるさ。それだけの価値はあるだろ、君に。