今日はちょっと気になる出来事があり、久しぶりになるけど書く事にした
今日は仲良くしてる友達に誘われて彼女が行きたいと言った手相の鑑定に付き合う為、元町・中華街まで行った。特にそこで聞きたいこともなかった私はついでにの感じで便乗した。
彼女との付き合いは会社で知り合い、今は別々の会社だけど何かと仲良くしてくれる6歳年上の人。彼女も言いたいことははっきりいうタイプなのだが私は彼女の発言に批判した事は無い。愚痴であったり文句であったりとネガティヴな話をたまに聞いてる側としてはしんどくなるもの。それでも彼女の発言にウンザリするときあっても聞く耳は持っていた…と自分では思っている。
それはFreedom of speech(言論の自由)であって、その人の視点から感じた事、考えた事を自由に発言できるものだと思っているから。皆それぞれ考えや感じ方は違うもの。だから会社で嫌だと思う人の愚痴なんて聞いたところで、両者の意見を聞いてるわけではないので、良い悪いの判断は出来兼ねるけど、友達の愚痴は快く聞く耳は持っていた。
そして今日便乗した手相鑑定を一緒にみてもらった時のこと、私のには話すことがそれほどないのか、特に話される事はなく彼女が中心だった。
私は彼女に嫉妬しているわけではなく、単純に長さ違くね?
なのに同じ値段かよっ
と感じていた…それが顔に出ていたのか、彼女から批判が入る。それに加えて関係ない性格の批判まで入る。
そもそも攻撃的な人ではあるが、え?いつ私あなたを批判しましたか?
ってとこ。
どう感じるか、その人の感覚であって、自由なはず。ってか、彼女も同じなはず…彼女の発言からすると。
それぞれ考えや感じ方は違うものであって、それを自分との意見や思考と違うからといって、他人を攻撃するものではないと思う。
この世の中、いろんな人種がいて、いろんなカルチャーがあり、いろんな言語が飛び交う。それぞれ皆育ちも違う。
皆人間は自分が間違っていると思って行動しているわけではない。行動した後に自分で気付きがあり、もしかしたら自分の言動は違っていたのかしら?又は友達から、ちょっとそれ違うんじゃない?という指摘があって、自分の言動に振り返ることはあったとしても、人を批判するのは違うと思う。
もうちょっと心大きく持とうよ…ピリピリするのではなく…
と、感じた1日であった