荘子の「混沌の徳」の話である。

 

南海の帝王を「儵(しゅく)」と言い、北海の帝王を「忽(こつ)」と言い、中央の帝王を「混沌(こんとん)」と言いった。

 

儵と忽とがある時、混沌の地で出会った。

 

混沌は両者を手厚くもてなした。

 

そこで儵と忽は混沌の徳(恩)に報いようと、相談して言いった。

 

「人は皆七つの穴(目2つ、鼻2つ、耳2つ、口1つ)が備わっていて、これらをもって、見たり、聞いたり、食べたり、呼吸をしている。しかし、混沌には7つの穴がない。混沌に、穴を開けてあげようではないか」と。

 

そこで、1日に1つ穴を開け、7日経つと、混沌は死んでしまった。

 

 

 

「混沌」は、「手の加えられていない無秩序な状態」を表す例えの言葉として用いられている。

 

「混沌の死」は、無秩序な自然(混沌)に人間らしさ(七竅)を加えることで、本来の自然がなくなってしまうということを説いている。

なお、七竅(しちきょう)とは七つの穴のことである。

 

この話は、行き過ぎた知性化が、大切なものを殺してしまうという教えである。

 

 

日経によれば、企業はROEを高めるために、事業を選別して「捨てる勇気」が必要だと言う。

 

そして、事業選別のために、ROIC(投下資本利益率)を物差しにするよう、推奨する。

 

ROICがWAAC(加重平均資本コスト)以下であれば、不採算事業として捨てよとしている。

 

ROICは、「投下資本に対してどれほどの利益を稼いでいるか」を示す指標である。

 

ROIC =税引後営業利益(NOPAT)/ 投下資本

= 営業利益×(1ー法人税率)/ (株主資本+有利子負債)

 

WACCは、有利子資本コストと株主資本コストの加重平均であり、事業にかかる資本コスト」である。

 

企業の資本収益率を判断するためには、当期純利益を自己資本で割ったROEであるが、企業内の事業を評価するためには、営業利益を投下資本で割ったROICを用いることになる。

 

企業が、ROICが引く事業を切り捨て、ROICが高い事業だけによって構成されることになれば、ROEが高くなるという論法である。

 

いかにも経理屋や財務屋が考えたロジックである。

 

 

 

しかし、ちょっと待ってほしい。

 

部分の和は全体を構成しない。

 

不採算事業として切り捨てられる事業に、価値はないのか?

 

「健全な赤字事業」という言葉があるように、「健全な不採算事業」という言葉があってもよい。

 

技術開発や維持、人材育成、経営・事業ノウハウの蓄積、固定費負担などで、「健全な赤字事業」が企業に役立っているように、「健全な不採算事業」にも役立ちがある。

 

 

 

経理屋や財務屋は数字に表れるものだけで、暗黙知の事業価値を評価することができない。

 

目利きの経営者が見れば、不採算事業には隠された宝の山が眠っている。

 

事業を数字によって見える化することは大切だが、背後には数字には表れないものがあることを意識することが重要である。

 

目新しい評価指標が必ずしも正しいものではない。

 

「混沌」の話を他山の石とせず、日経の記事に載せられて、ゆめゆめ宝を捨てることなかれ。

 

後でバカ呼ばわりされるのが落ちである。