ココッチの散歩~~♪

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久しぶりのブログになります。
まさかのさか…⤵の 

コンナコトガ私にオコルなんて
思ってもいませんでした。

10月8日。午後2時半に お昼寝ウトウトの最中に 携帯が 鳴り始めました。

携帯みてみると母の名前。
また、調子悪いのかな?
夏から調子を崩していた母…
最近は 少し 体調戻りつつありました。

電話に出たら 母が!
「▲○♯∴∨∝∷!!!!」

何?話してるか?解らず?

「何?どうしたん?」

「○○○がぁ!!タンクローリーの上から
落ちて来たってーー‼」「どうしょう。ココッチ~‼」
もう気が狂ったように泣き叫び
私も…一瞬?呆然としました。
「何処に?今、居るん?」

「家に□□と 家に居る」

○○とは 母と同居している私の兄
□□とは 私のすぐ上の兄

私には兄が二人います。

長男になる兄が バツイチで
母と同居。
次男になる兄は 結婚して
家出ています。

その長男の兄が
職場にて
タンクローリーの上から
落ちてきたと…⤵

たまたま
実家にすぐ上の兄が来ていたらしく
母の携帯に 母の変わりに出ることが出来ました。

取りあえず私は
すぐに向かうから
落ち着いて!!と
母に伝えはしたものの…

頭の中はパニック状態。
旦那に連絡していても
繋がらず!

その日は 不思議に
仕事休みだった長女が
珍しく出かけずに
2階の自分の部屋にいて
思わず2階へ 長女の名前叫びながら…‼

余りの私の叫び声にびっくりした長女が
部屋から飛び出してきて
「どないしたん?おかん!」
「兄ちゃんが‼兄ちゃんが‼桑名の兄ちゃんが タンクローリーの上から落ちてきて
三重大学に 運ばれたって~‼」
「えー⁉おっちゃんが‼」

二人して 実家に向かいました。

取りあえず‼ 私が車ハンドル握り
娘に 荷物持たせ。
スマホの充電器も…

実家に向かう途中に
下の兄から電話が!

娘に電話でてもらい
「心肺停止で運ばれたって~‼
三重大学から電話あり直ぐにきてくれやて。」と

頭の中整理しながら 実家に向かっていました。
車は 一台で向かうか?
下の兄と 二台で向かうべきか?
娘に旦那に電話してもらい
旦那に三重大学向かってもらってるから
私達は一台で向かうのが
いいか? 

よく母が兄の仕事が
ハードすぎると心配していて

夜 10時に帰り ご飯食べて
夜中2時に仕事に出かける。
何年も 過労で倒れないか⁉

最近も 電話で嘆いていたばかり…‼
現実に起こってしまった‼

実家に着き‼下の兄が
飛び出してきた。

「兄ちゃん! 私の車で一台で行こう!
旦那も三重大学向かってるから
私がハンドル握る。
私は10年も通院した 三重大学だから
道が‼詳しいし」


家の中へ入り 母を抱き締めました。
今、兄ちゃんが 凄く頑張っているから
私達も頑張って 近くへ行ってあげよう‼と‼
母は泣き叫び 私にしがみつき
年齢を重ね 小さい身体が益々小さくなった母…
こんな年齢になって こんな悲劇が
母の身に起こるなんて‼

人より小さな身体で
病気の父にかわり私達を必死に育ててくれた母…‼

大丈夫だから‼大丈夫だからと‼
言い聞かせ。
支えながら車に乗せ❗
娘に支えてもらいながら 四人で車に乗り込み‼

高速道路使い‼
ひたすら‼走って‼走って‼

走って‼走って‼

漸く三重大学着。
着いたら 救急室の入り口に
会社の社長がいました。

普通なら挨拶するべきなのですが⁉

過労でこんなことになったと
考えていた私は とてもじゃないが
挨拶なんて 出来ませんでした。


まだ 部屋から
出てこないと言うこと。

病状も怪我の状態も何もわからない状態。
解っているのは心肺停止状態で運ばれたと
言うことだけ。


社長が「1時過ぎに タンクローリーの
上で 新人に 指導していたら 急に
意識なく 下へ落ちていったと 新人の人から話を聞いたので たぶん心筋梗塞かと…‼」

なんじゃ⁉ 労災認めたくないんか⁉
うらぁ~‼と ぴきっと きた私は
思わず
「心筋梗塞か?どうかは
先生が 診断することです!」
社長を睨み付け言ってしまいました。

それから
下の兄が勤務状態の話を
社長に話をしてくれていました。

私は娘と 母を支えるので
精一杯。


その後、旦那も漸く 到着して
先生から話があると

一時間位たっていたのかな⁉
私達が 三重大学に
着いてから…

怪我の状態を聞いて
私は思わず
倒れそうになり 椅子の上に
座りました‼

腹部出血
外傷性くも膜下出血
脳挫傷
頭蓋骨骨折
不整脈 心筋梗塞


母は 耳が遠いので
聞こえてなくて
良かったです。

どんな状態で落ちたの?
心臓止まる時 どうだったの?
辛かったよね…‼
心臓止まるほど
身体が辛かった‼ 何を考えて
仕事に今朝 出かけたの?
何か?私に 母に
下の兄に 伝えたかったこと無かったの?


前日の夜。
身体がえらいわ‼と母に話していたそうで

お風呂に入ったら
楽になったと

母が 仕事休まなアカン。
そんなに仕事しなくても
もう良いからと

ずっと言い続けていたのに!

9月に家のローンが
終わり、漸く
楽になったのに‼


先月 下の兄の お嫁さんのお父さんの
お葬式に 私の旦那と三人で
一緒に出掛けていったばかりなのに
ちょうど 1ヶ月前の 出来事。

三人で車に乗り
ワイのワイのと話していたのに。

別れ際に「ばーちゃんの事 頼むね⁉兄ちゃん。」「おー。」と返事してくれていたのに‼

そんなこと 思い出しながら
いたら

兄が 腹部出血を止めるために
太股から カテーテルいれて
出血止めるための 処置してもらうため
ストレッチャーで運ばれていく時

下の兄と旦那 娘が
兄の元へ。

私は
足がガクガクして動けなかった‼

母は
やはり目も良くないので
兄だと解らず!
私と一緒にいました。


娘が‼
「おっちゃんみたら 小さいときに
遊びに連れて行ってもらった時のこと
思い出して…‼」

意識ない兄をみて
大泣き。
兄は 私の子供を
我が子のように 可愛がってくれました。

特に息子は
兄から離れず
私が末っ子産んで
実家に帰っていたときも
お風呂も兄と 寝るのも兄と
買い物も兄と‼
遊びも兄と‼

兄が私の家に 法事に来ると
兄の膝に座り 離れず⁉

みんなが お父さん形無しだね‼と

そんなことさえ‼
走馬灯の様に
よみがえり。

二時間程時間がすぎ

ICUに運ばれ
再び先生から
詳しい説明受け

ICUの兄と対面しました。

頭蓋骨からチューブ通され
あちらこちらから…
鼻から口からも
腕は点滴チューブ。

麻酔で眠り、低体温療法にて
冷たくなった身体。

その状態を
目の当たりにした母…

高齢になった母には
辛すぎる現実

兄に「兄ちゃん?ばーちゃんが
悲しんどるよ‼ 頑張って
戻ってきて‼ 死んだらアカンよ‼
死んだらアカン。」と

大声で叫んだ私…

辛そうな下の兄。

ワンワン泣いてる長女。


やはり 今晩は一番の命の危険が
あると。先生からの話がありました。

しかし、家が遠いので
直ぐには駆けつけられない‼

下の兄が 病院に 居るわ。と
言ってくれたので

取りあえず。私達は帰ることに。
高齢の母は
眠れないだろうけど
布団で休めないと‼
しかし、母一人で実家に
置いておけないと心配していたら
旦那が母に!「お義母さん。今日から
家においで。ココッチと一緒に
おりな!」と言ってくれました。

もう‼ありがとー⁉と
旦那に感謝感謝。
伝えたら「一人にさせたらアカンやろ⁉」と‼


早速‼実家に向かい
さっと、母の荷物まとめ
我が家に戻りましたが⁉
心配で 何十年ぶりに
母と 同じ部屋で 寝ました。


しかし、寝れず!
目が開いては
シクシク泣く私…

そして…泣いてる母…

どうなるのか?
兄は‼
心肺停止時間が35分あったと…

その間の脳は
ダメになってるはず…

意識戻るのか?
私達の事が解るのか?


地獄の日々です。


翌日の朝。

下の兄から電話がありました。

夜中に脳外科の先生から話があったと…‼

こんなことをココッチに話して良いのか?
解らないけど⁉
自分だけでは決められないと‼

ほんとに辛そうな声で
脳外科の先生が
脳出血で脳圧が上がってきた場合
薬で脳圧を下げるけど
もしそれでも下がらない場合
緊急オペになる しかしそれは
延命処置になり たぶん
この先 目を覚まさない。
大学病院の医師である私が言うのも
…‼
只の延命処置で 目を覚まさない人生を選ばせるよりは
死なせてあげるのも方法だと
言われたそうです!

もう話聞いたときは
ワーワー泣き叫びました。
私達に 兄の命の選択を選べと言うのか⁉
旦那にしがみつき泣きました‼

下の兄は
ココッチに言うべきか?
自分だけで決めて
死ぬまで持っていこうか?
母には そんなこと言えない‼
しかし、一人で兄の命を
選ぶなんて この先耐えられないと
私に話すこと決めたようです。
私は 話してくれて良かった。
一人でこの先の人生生きていくなんて
アカンから…と

取りあえず 長女に
母を任して
私と旦那で三重大学に行きました。

下の兄を迎えに行くて話をごまかし

長女には内容キチンと伝えて…

そんな時は
どうするのか?
話し合いをするために!


長男も自分の車で
向かってくれていました。


早速病院へ着いたら先生から話をきき
今は少し落ち着きました。
今日の夜は帰っていただいて構いません。

麻酔で今は眠っているので
4~5日すぎたら 麻酔を少しずつ抜いていきます。だだ、その時に
意識戻るのか?解らないです。
と…


一回は目を開けてほしい。
私達が 今、兄の近くにいるよと
何か?言いたいこと伝えたい。

だだ、それだけを…‼

もっともっと沢山
電話で話しておけば良かった。
母の事での相談事あるときは
いつも私に相談してきてた。

でも兄の気持ちは何も聞いてあげることしなかった‼
ごめんね⁉ごめんね⁉と

もう目が開かないくらい泣いて泣いて。

しかし、下の兄は
もし意識なくずっといたら

ひょっとしたら
俺やココッチが先に死んだりするかもしれない‼
そーなると兄はどーなる?
バツイチで 子供も居ない兄は
どーなる?
それも可哀想すぎると⁉

板挟みな下の兄の気持ちも理解出来る。

これが‼現実か?

しかし‼
母が子供の 葬式なんて
したくない‼見たくない‼と
泣いている姿。
朝いつも通りに出掛けていったのに!

いつも帰りには
なんか?欲しいもの?あるか?と
毎日電話してきてくれたのに‼
仕事で疲れてフラフラやのに
私の心配ばかりしていた。
こんなばーちゃんより
○○のが
大切な息子やのにと 悲しんでいる姿をみる地獄。

母の荷物を取りに行ったときも
私は ココを兄ちゃんが
パタパタ歩いていたな

お風呂に向かう姿。
歯磨きしてる姿。
ご飯食べてる姿。
玄関を出ていく姿。
冷蔵庫あけてる姿。

日常の姿を思いだし
涙が溢れる

昨日の今頃は いつも通りに
帰ってきたんだろうな?
まさか‼朝出かけるときは
タンクローリーから
落下するなんて思わず…
出掛けていったんだろうな…


私の気持ちも家族の気持ちも
不安定すぎて‼
やるべきことをこなすのが
精一杯。


下の兄が会社の社長から
労災にしてくれると。
当たり前や‼
兄に何かあったら
裁判や‼と‼ひたすら社長に対しては
恨みしか沸かず‼

睡眠時間が毎日三時間?
冗談じゃない。
兄の人生。母の人生。下の兄の人生。
私の人生。滅茶苦茶にしやがって‼

それから毎日毎日
片道1時間半以上かけ三重大学病院へ
足を運びました。

悲しんでる母は
杖をつき息を切らしながら
駐車場から歩いて‼
一人では歩けない状態で
私が 身体を支えながら
毎日 ICUへ…

だだ…器械に繋がれ息をしている兄…

日数が経つにつれて
段々 身体が浮腫てきて
兄の顔じゃなくなってきて

脈拍チェック。
尿量チェック。
心拍数チェック。
酸素量チェック。
血圧チェック。

あれこれ聞きまくり。
自分の気持ちを落ち着かせるのに
必死。

1週間ほど過ぎたころ、
麻酔を減らしてきたので
目を少し開くように‼
しかし反応はなし

よく‼不整脈起こしていると‼

肺炎まで…‼

どーか?どーか神様
助けてください‼と
お祈り


こんなことしか出来ない私に
涙が止まりませんでした。


急性期が過ぎたと言うことで

桑名の病院へ…

救急車にて転院。

そこの脳外科の先生が。
思っていたより状態は悪くないですと‼
嬉しい言葉いただきました。


それから日に日に
目に力出てきて
気管切開してるため
話せない兄…

でも…私の事が解ると!看護師さんに
妹だと 口を動かして
説明していました。

もう感激で…‼

でも兄はヘビースモーカーだったため
痰がたまり
吸引してもらう姿は
妹としては
見ていられず‼
兄の手を握りしめて頑張れ頑張れ。

あの姿を見てからの帰り道は
気持ちがドーンとして
重い。

タバコは 止めなければ
苦しむことが
ほんとに わかりました。
私は吸いませんが
吸われるかたは
禁煙してください。
ほんとに 心から思います。


まだまだ
戦いは長く続きますが
きっと
亡くなった父が兄を
まだこちらに来るな‼と
追い返してくれたんだと…‼


人生のまさか‼に
遭遇した私…

家族に助けられ
友に助けられ
感謝しています。


そして…私は思っています。

優しい人間になりたい。
人の痛みをわかる人間になりたい。
人に優しくしたい。
明日もし自分が死んでも後悔しないような
毎日を暮らしたい。


兄が倒れた時は神様なんていない‼
だだ、運命を呪った‼
醜い人間になっていた私…

なのに!助けてくださいと
お祈りしていた私…

私ってなんて
卑怯極まりない醜いんだ!

こんなんだから
天罰が
当たったんだ‼

でも、やはり
隆ちゃんの歌に

私の大好きな歌
【言葉】に 助けられ

【漣】を もっともっと深く考える力を
付けさせてもらったような気がします。


この先 今までのように
隆ちゃんに逢いにいけるか?どうかわかりません。

しかし いつも助けてもらってることは
いつか伝えたいです。


私よりももっと過酷で
悲しい辛いことを
今、現実に我が身に受けているかたが
いらっしゃる。

私は 自分の身体は 自分の思うように
動きたいように動ける。

だから家族のために
頑張って生きて行こう!

悔いの無い人生を
送ろう‼


兄がどんな状態になろうと
私は 頑張って
面倒みる。

私に出来ることは
それだけ。
兄が 1回でも多く笑えるように
なってくれたら…‼

今は回復力を信じて毎日過ごしています。

このブログを
わざわざ目を通して下さった方々…


無理ないお仕事を
してくださいね。

みなさんに沢山
幸せ降りますように…‼