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ホクト@FINE MOTIONのブログ

FINE MOTIONのVO,Gtホクトが送る愉快痛快幕末浪漫

今日も元気にゲリラ豪雨に打たれまくりました、北斗です。

茨城では竜巻とか発生しちゃったりしたらしいですね、どうなっとんのじゃ最近の日本は。






自分の成長ってのは、なかなか自分では気付けなくて

意外と他人から気づいてもらえたりすることが多かったりする。

自分では自覚していない部分も

第三者から見たら

急激に成長し、変化している部分が目に見えて分かったりする。

特に、

久々の再会を果たした相手などからすれば

自分の中で起こった小さな「成長」「変化」にも

敏感に感じ取られてしまうケースは多い。

以下の事例から、









"人は「自分」というモノを
そんなに客観的に見れていなかったりするものである。"

by ホクト ウエサキ











なぜこのような話をしたのかというと

久々に知り合いの方々に会う機会があった時

まず「久しぶり」の挨拶を交わしたあとに

第一声に相手から発せられる言葉が

「ホクト、太った?」

という

現実を突きつけられる一言なのだ。

それも、一人や二人ではない。

久々に再会を果たした方々の十中八九の人々が

この「太った?」という言葉を僕に浴びせてくるのだ。

【疑問系】であることが辛い。

この「太った?」の最後の

「?」←クエスチョンマーク

「(もしかしたら僕(私)の気のせいかもしれないけど)太った?」

という少しの気遣いが隠れているのだ。

この気遣いに

僕は、日本人の「ワビサビ」を感じる。

それと同時に希望を見い出すことかできる。





僕はこう考える。

まだ僕は完全なデブではない、と。

これが確信に変わった時

みんなの一言は

日本人特有の「ワビサビ」は姿を消し

きっと

「ホクト、太ったな。」

に変わるであろう。

この場合、「ホクトが太っている」ということについて

みんな

(あれ、こいつ…前回会った時より太っているかもしれない。)

ではなく

(間違いない…前回会った時より確実に太っている。)

という紛れもない

ありのままの

揺らぐことのない事実を本人に伝えているハズだ。

眼前に広がる肉の塊を

蔑みと嫌悪感を含ませた視線で

上から下まで舐めるように見た後に

「これはもう人間の域ではない、家畜だ」

と言いかけて、何度もその言葉を飲み込むのだろう。

やはり日本人とは、そういう人間なのだ。

日本人は日本人なのだ。

そういう日本人が私は大好きだ。

そして、そんな知り合いの中に囲まれて私は幸せだ。

これからもホクトをよろしくお願いします。
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明日から痩せます。@ホクト