先日、NHKの番組『最後の講義』みうらじゅん氏の回を視聴した。
面白いお話ばかりで、ついつい笑ってしまう。
でも、その、面白いお話の中に、ばかばかしいながらとても深いものがあって、感銘を受けた。
深いのに、笑っちゃう。
深刻なのに、軽い。
素晴らしいバランス感覚をお持ちの方だと思う。
最初の方に「自分を盛る話」、
最後に「走馬灯の話」があった。
このお話を聞いて、確かにそうだと思った。そこで、ちょっとやってみた。
つまり、自分の今を「盛って」書いてみた。
私には、これがすごくしっくりきて、楽しかった。
理想を描くより、ずっと簡単で、ずっとリアルで、ずっとニマニマできた。
それを見直して、気付いたことが2つある。
1つは、盛って描いたはずなのに、今もう既に手にしているものがあること。
理想を描いてみたら、叶っていたことに気がついた。
その現実を、頭でわかっていても心で受け入れられなかったり、歪んで認識していたり…
渦中にいると被害感に覆われて見えなくなっていたけれど、走馬灯にすることでわかった。
2つ目は、「枠を取っ払って」理想を描くことは、遠い遠い煌びやかな世界を実現することじゃない、ということ。
自分が本当に欲しいもの、本当に実現したいことは、今の私が、今の行動を、ほんのちょっとだけ変えることで得られるものばかり。(っていうか、既に叶っているから認めれば良いだけ)
そのハードルを超えることが何より難しい、と感じている自分に気づく。
「枠を取っ払う」というのは、このハードルをバカにせずにきちんと越えること。
今の行動をちょっと変えるより、煌びやかな世界に目を逸らしている方が余程楽だろう。
でも、それでは自分の本当の理想は、自分にすら気付いてもらえないままだ。
スピリチュアルの方、自己啓発の方、宗教の方、いろいろな方がおっしゃっていることが、私の中で、みうらじゅん氏を介して腹落ちした、という感じ。
私の走馬灯、みうらじゅん氏が作ったものより面白いものになるといいな。
でも、悲惨な走馬灯になったとしても、いざとなれば、みうらじゅん氏が作ってくれたものに則座に切り替えることにするので大丈夫だ。
どんな人生でも、どんとこい。
(どんとこい、と言ったら、超常現象と言いたくなるのは、また別の話。)