志高さんへ

 

父である私は悩んでおります。今月より営業所長になりました。静岡沢井薬品という小さな、そして20世紀の産物といえる正直クソみたいな会社で働いています。

 

私は1年4か月前の2016年4月に会社を辞めることを決めました。理由は以下の通り。

 

・10年も同じ仕事をしていたら自分のスキルが止まってしまう。

・業界自体がこれから下降の一途をたどる

・新しく社長になった二代目のボンボンがクソみたいにアホ。

・生活費を稼ぐために65歳まで働くこと自体がくだらない。

 

しかし私には君と愛する愛子さんをちゃんと生活させていかなければいけないという、日本人の男性特有の古い考え方が頭から離れずにいるわけで、ずっとそれについて考えてきた。

 

そしてその金銭的な問題については解決ができるというめどが今の時点ではついている。

 

しかし、最近私はアドラーという昔の精神学者の本を読んでいろいろ思うことがあって、どう生きていくのが幸せなのか悩んでおります。

 

アドラーによれば人間は他の人間とのかかわりにおいてのみ幸せを感じられる、優越のコンプレックスを持つことにより人間は悩む。

 

この2点を考えると、私は悩むのです。他の人間とのかかわりにおいてのみ幸せを感じられるのであれば、営業所長という否が応でもスタッフとからまなければいけない職が逆に幸せなのかと考えられる。(正直クソみたいな能力の従業員しかいないし、会話もつまらなすぎる婆しかいないけどそれはそれで人の役に立つのかとか)

 

優越のコンプレックスを持つことで人間は悩むというのはもっと深刻で、私は中途半端な優越のコンプレックスを抱えている。優越のコンプレックスを、人生のエネルギーを使ってそれを否定するまでのエネルギーがないのだ。だから自分の優越のコンプレックスを満たすまで真剣に社会で成功したいと心から思えないのだ。

 

今はそれをごまかしながらなんとか仕事辞めても生活できるように設計しているが、本当はそれに興味がないのも事実で、、、だから短期間で勝負をつけようと決めているのだが、、、

 

本日は悩んでおります。

 

志高。私が死んだときに君はどのように父の人生を理解するか(笑) 楽しみです。

志高へ

 

今日は8月11日(山の日)。朝6時から2時間走って家に帰る。その2時間にいろいろ思うことあるがそれはまたにしよう。

 

今日は昨日酔っぱらった状態で志高と約束した映画を見に行くことに。キューレンジャーとエグゼイドを見て帰る途中。いつものおもちゃ天国に寄る。

 

志高はおもちゃを買ってほしいと思っているのは明らかで、ただ言えない。僕はね、志高は優しすぎたり気を使いすぎたりして、そのストレスから家で一人とパパ+ママだと自分のわがままが何でも言えると思って感情的になるところがよくないと思っているので、ちゃんと論理的、非感情的に自分の欲求(この場合でおもちゃを買ってほしい)を他人(パパであっても)に伝えることが大事だと思って1時間ほど志高が何を発するかを見ていた。なかなか言えなかったな。

最後に言ったときはメチャメチャ緊張したと思う。俺も子供のころ同じ気持ちだった。

 

パパは自分の欲求をちゃんと伝えて、それが断られることを恐れないことが志高には必要だと思って、何か買ってほしいとちゃんと言えたら買ってあげるというスタンスをとった。

 

帰って愛子さんと話したら愛子さんは腑に落ちないと言っていた。僕は酔っぱらいすぎていて議論にならなかった。僕は酒を止める必要がある。

 

・・・

 

 

話は変わって夜は夜店市に家族3人で出かけた。数年前は僕は地元だから3人のうちで一番声をかけられるのは僕だったが、今日は「愛先生」と10人ぐらいから声をかけられて、僕は先生のいい旦那さんとしてニコニコして頭を下げた。

 

高校の同級生の女の子がママになっていて不思議な気持ちだった。

 

静岡で生きていく=頭を下げることをいとわない。でも悪い気はしないよね。

 

何を言いたいのかわからないけど、明日はまたやってくる。では未来の志高よ。また明日。

 

 

人気ブロガーのはあちゅうさんが今日ツイッターで、自身のお母さんの言葉としてつぶやいていた。「ブログとかインスタとかって書き換えられる遺言だよね」と。

 

なんかそのコメントを読んで自分のことを考えた。多くの僕と同じ1970年代までの人もそうだと思うけど意外と親のことを知らない。

 

親子といえども他人だから大人になると聞くことをはばかられるような疑問について聞けずに親が死んでいくことは多いのではないかなと思った。

 

僕のことでいうと

・親父は東京工業大学工学部まで出たのになぜ小さな町の漢方薬局の店主になったのか

・なぜ親父はアルコールにおぼれたのか

・親父は僕との一番の思い出はなんなのか

・母との出会いはいつどんな。。そして印象は

 

などという普通の質問から

 

・初めてオナニーをしたのはどんなシュチュエーションだったのか

・お見合いで結婚した母の前にSEXはしていたのか

・20代、30代の一人暮らしの時の毎日のルーティンライフスタイルは

・息子の僕を殴り続けていたときの理由は、気持ちは

・よく店のお金を万引きしていた僕に本当は何を思って、だけど父親という立場として自分にうそをついて僕に何を発言したのか

 

、、、、、、、

 

 

同じ町に住みながらほとんど実家に顔を出さない僕が75歳になる親父にどこまで聞けるかはわからないけど、親父という存在は僕にとってはすごく神秘的で、また僕と顔も性格もそっくりな5歳3か月の息子も成長して大人になったら僕という父親というのは同じ存在ではないかと思い、僕が死ぬときに息子に読んでもらえたら面白いなと、父親の死をきっかけに何か志高がなにかを考えてくれたら彼の人生が少し豊かになってほしいなと思って今日から不定期ではあるがブログを日記代わりに書こうと思う。

 

もう10年以上ブログを放置しているので読んでいる読者はいないと思うのだが、僕は様々なことを脳で考えるときに人に話しているように考えるのがクセというか習慣なのでブログとの親和性が一番高い(誰かが読んでくれていることを考えてはいないが人に書いていることを前提とした表現が一番僕の本質を偽らざず出せる気がする)と判断してこの形態をとらせてもらう。

 

志高 今の時点ではパパと言っている父の凡人の人生を知ってほしいと思う。