よろず話屋

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憲法改正が言われ続けてまだ何も変わったことはなく80年くらい経つ。

それでも・・・・・憲法に何が書いてあるのかも知らない日本人も未だに多いだろう。

それも戦後日本における様々な社会問題に直接的な影響を与えてきた。

 

日本は法治国家であるといわれてきて、法律を重視する人は少なくない。

それでは憲法とはなんだろうか?

それを説くことができる日本国民はどれほどいるだろう。

 

「うわー、またこんな固い話題か。」

 

そう、だからもう記事は読み終えて他の興味ある文字なり動画を見に行くほうが時間の有効活用だろう。

そういうことで自分が憲法について説く。

 

憲法が使われるのはよく知られているものでは、政府や政治家、特に国会議員であり、裁判所や訴訟する国民である。

 

憲法は権力を縛るものであり、国家権力を持つものが守るものであると誰かが言い続けてきた。

その説明がつたないせいで、今ではかなり誤解が生じていると思う。

国家権力を使うものを縛るものであるから、これは”法律通りに行う国民や個人”も縛るものである。

法律を使う、つまりその法律が憲法に沿うように使われているか?ということが大事だが、法律通りだ!と行使する側は単純に個人や組織の損得勘定で行使されることがほとんどだ。

これが永らく日本社会に生まれてきた多くの社会問題の直接的原因でもある。

 

「憲法に何が書いてあるか知らない。」

 

・・・・だから。

経営者にも結構多い。

弁護士も経営者もお金が重要であるから、いや自民党という長期与党の政党もそうであるから戦後は特にそのような社会になるよう法律の解釈がされていて、憲法の視点が欠如したまま今にも至っているだけだ。

 

ならば今の若い経営者のほうが日本国憲法の内容にそっていていい経営をしてるのか!

 

そういわれれば、これもまた残念ながら違う。

最近、高齢男性が海に落ちた車から運転手を救助したという話しがあるが、高齢なのにすごい!と若者が思うのならそうでなく、同じことを若者がすると海に落ちた運転手とともにおぼれて死んでいた可能性が高いだろう。

 

そんなことを僕が説いているが、その説いてる視点がわかるならとりあえず自分が書いてる記事の内容も理解はできているのだろうと思う。

 

ただ日本の憲法も、その上に国際条約という日本以外の決りもあるので独特な日本の文化も普通に”国際条約”のような軍隊をもち使える国々と同様の憲法解釈をしてるのが憲法9条でもある。

 

個別の憲法をここで説く気はないのでたとえとして憲法の立場を述べてみた。

 

憲法と法律の問題は、本来はそんな単純でないものをそれぞれが知って分かった気になってそれらを行使したがるところが根本的な問題だ。

 

典型的なものは「法律にこう書いてあるから!」だけで行使してる人々。

すこし前なら日本国民の9割はこういう手合いだった気がしてる。

 

昔から僕が法律馬鹿と呼んでる種族だ。

 

さて、日本国憲法は戦後に外国から押し付けられた憲法だといわれてきた。

そこから日本人で憲法をつくろうという思想があり、これは2010年ころに自民党が改正憲法草案を出したように、まさに日本人の手で憲法をつくろうとする考えだ。

 

明治にでてきた大日本帝国憲法とはなんだっただろうか?

これは明治天皇が国民に下賜する憲法という形である。

 

この表現で非難されるかもしれないが、現実に今の日本国民も戦後の日本国憲法によって社会通念やあるべき自分の姿を投影して示している。

はたして人という動物が、人類の英知なく食欲や睡眠欲や性欲や支配欲などの様々な自由への欲求を暴力の力なく自制できるだろうか?

 

もちろん、どこの国にもあてはまるが憲法でなければ宗教により同様のことが行われているわけだが。

 

今の憲法改正で「日本人の手で最初からつくろう。」というと、聞こえはいいが現実は無理難題であり、明治憲法も天皇だけでつくったわけでなく欧米列強から学んで多くの有識者らで考案し、これを天皇の思想と国の在り方として国民に提示したにすぎない。

 

当時は天皇により治められるという国体であり、江戸幕府もそれ以前の幕府も天皇により国を治める権利を与えられただけだからだ。

武家社会の前は、まさに天皇が国を治めている。

 

これが日本の天皇制度の立ち場であり、日本国民も避けれない現実と事実である。

 

避けれないとは、嫌だとか嫌いだとかいう人もいるだろうが、そういう感情を抱いたところで、僕もそうだけどそんな人々の感情になにかを考慮する気も理由もないという話し。

 

日本人で最初から憲法をつくろうとは、国際条約の存在と、かつては天皇という個人により発するとした一筋の流れを持つ憲法の現実に登場する一貫性というものが消えて、まさに憲法の多様化と法律の多様化、つまりは無秩序の誕生と、これを誕生させるはずのない日本社会の存在による無理という不可能ごとそのものであるという事実。

 

・・・・などと。

憲法を説いてみただけだ。

 

個人的に婚姻の自由とか少数の性自認者や男女の平等についての認識が多くと違うのだろうという自覚はある。

少数の性自認も、ほんとうなら矯正可能であろうことだと思うし、意味不明な結婚の新種誕生の法整備とか、とりあえず子供を生めるのは女しかまだないというところと、子どもももって仕事もできて両方とれて当たり前みたいな・・・・・くそみたいな思想の話しだけど。

 

ナフサ不足の話題。

まだ自分には影響はないが、プラ製品や肥料などを今購入したとしても、それが高価になってるのかどうかもわからない立場ではある。

とりあえずシンナーや車のエンジンオイルなどが「ない。」という話しは身近で聞く。

 

あるお店ではビニール袋などで包装せずに客が自分で紙袋などをもってきて、それに入れて持って帰ると10円なり20えんなり安く販売してると報道されてた。

確かに昔は新聞につつんだり、客が鍋を持参してそれに入れて販売したりしていた。

それで販売できるお店はそういうことを告知して販売するのもいいかもしれない。

 

確かに昔はそうだったのだから。

 

その後プラスチックであれこれつくり、包装し、過剰包装で無駄だ!という議論もあったが、使い捨て素材のプラ製品が浸透し、それを燃やさないようにする法律ができ、今またプラ原料が不足する事態になっているにすぎない。

 

ケーキ屋にしても、客側がクーラーボックスや保冷剤を持参してそれに入れて持ち帰るという方法もありだろう。

 

客側のマイバックという昔の当たり前へ多くの人が戻れば戻るほど、いくらか今のプラ製品の包装容器不足は緩和されることは間違いない。

それぞれがどうするかは知らないけど。

 

そういえばモバイルバッテリも半固体のイオンリチウム電池があるという。

中が液体でなくゲル状で破損しても流れ込みにくいから内部のショートも起きにくい。

中には穴を実際にあけても発火しないとうたう製品もある。

今買うならこれ以外のモバイルバッテリはないだろう。

これ以上のものがあるなら、それならそれを買うべきだろうが。

もちろん、多少高価。

ただ1000円とか2000円で買えるバッテリなんて・・・・よく買えるな。

 

そういえば少し前から物不足にまつわる高価格での転売の話があるが、この転売が”どういう転売か”という区別は転売を肯定する人にあるだろうか?

自分が買い、使わなくなったから中古で売る。

 

転売だな。

 

これが最初から入手しにくいものと知り、値段をあげてその差益分を利益として得ようとする転売。

企業がその製品を普通に販売するのだが、その通常販売のルートとは別に誰かが個人的に別の販売ルート、つまり転売ルートを設けている場合の転売だ。

 

日本は自由経済だという人もいるが、決して自由経済ではない。

自由経済に向かっていたが、今は逆戻りをしている。

そもそも、株式の売買でもお金をだせば買えるわけでなく、簡単に敵対的買収への対向などのような規制もある。

また、転売問題により製品の製造がわが販売者に規制をかけて転売しにくくしたり。

 

残念ながら商売の法律に詳しくないが、まちがいなくなんらかの法律はあるだろう。

商業高校などだと多少はそれらの知識はあるのかもしれない。

 

自由経済?

 

中國もレアアースの出し惜しみや、アメリカ側から輸出規制、そもそも1990年代の日本のバブル期にはアメリカの怒りを買い失われた30年と呼ぶ時代に突入したわけだが。

 

自由経済?

 

法律があるということは国があるからな。

その国で法により認める仕組み、経済方法があるだけだ。

経済が主でなく、政治により経済の方式が存在するのであり、勘違いしてる人は考え直したほうがいいだろう。

自由とは弱肉強食の自然界を指すのが原理主義だから。

 

関税も普通に復活し、経済も軍事力で普通に破壊されている今を生きていて、その現実を見ないことにもできないだろう。

 

世界平等で平和であれば、それこそ自由的な経済、弱肉強食という意味ではなく、大らかで寛容な経済社会が構築できるだろうが。

 

利益がでればいいという考えは、軍事力で相手を破壊すればいいというのと同じだ。

 

何も変わらん、何が違うのだろうか?

だから利益の出方で日本では逮捕もありうる。

 

自由経済という言葉上の幻想から目覚める必要があるという話し。

何度言われても聞いても、今でも特殊詐欺の被害があるように人は変わらない。

誰しも生まれた時は完全な無知無能であり、他人から「こうだよ。」とそれが嘘か本当かも判断できないがそうであると信じて覚えていく。

 

まさに人の所業。

 

ケアマネージャーが介護される人の息子に刺されて刺した本人もなくなった事件。

お金が盗まれているという。

普通に、老人ホームなどであるらしい。

 

「お金をとられた!」

 

と被害を訴える老人がいる。

稀に本当に盗られていることも当然あるが、しょっちゅういう人には当人の勘違い、無関係の人にいわせると”ボケ・痴ほう”の症状である。

 

「お金をとられた。」

 

と高齢者がいう。

本当に被害者かもしれないし、もうまともに日常生活できる脳ではなくなったのかもしれない。

さて、これを誰が正しく正確に把握できるか?が問題だ。

 

今回は殺人事件でもあるので警察が個人情報のプライバシーなんて無視して通帳やら所持金なりを調べただろうが、普通はそんなことはできない。

盗られてなくても、「盗られた。」といえば、知らない人は盗られたのか、と信じる。

 

もちろん今回の事件がどうだったか?は俺は知らないが、へたをすると介護される親がお金をとられたと思い、息子にいうと息子はとっていないし、とられたことを信じ、外部からくる人間のせいだということにするものだ。

 

人だから。

 

さらにいうと、その目に見える外部の人間のせいにするが、空き巣などのまったく思いもよらない外部の人間のせいだった・・・ということも可能性で考慮できない人たちのいうことはあまり信憑性はない。

 

特にお金のことならば、誰にも思い当たると思うのだが、本当に簡単にお金は減る。

 

「え?こんなに使ったっけ?」

 

そこでもう一度買ったものの金額を洗い出し・・・・

 

「なるほど、つかったくらい減っている。」(笑)

 

という確認をとることもある。

 

え?みなさんにはそういう感覚になることはないですか?

そうですか、ないんですか。

 

とりあえず、普通にお金ではそういう感覚になるものですから、ここにボケ・痴ほうなどが人間側に生じると、たやすく・・・・・。

ないはずの物も脳内ではあったはずであり、それがないから

 

「盗られた。」

 

という感覚に、事実、当人はそれが事実であると認識する。

 

あまりこういうものに縁がない人は知らないだろうが、そういうところではそういうことは日常的にあるらしい。

老人ホームなんてまさに高齢の他人の集まる場所であるし。

 

今回の事件は介護者は自宅だが、なんだか状況は同じだな・・・・と思っただけ。

 

人は人だ。

小学生同士は小学校の世界が同じだし、中学生は中学校の世界が同じだ。

社会人は労働していることが同じ世界で、年をとると病気やけがを同じくしやすい。

年金世代になると、やる人は自宅で家庭菜園をする人も増え、それが共通の話題の土俵になっていく。

 

普通だろ。

 

20代で多くが家庭菜園の話しや、ガンや高血圧の話などを当たり前のようにしないだろ?

 

そういうことだ。

 

とはいえ、じゃあ高齢者は盗られてないのにとられた!と騒いでいる!と覚えると、あちこちで起きてる特殊詐欺や空き巣などの被害も空想や妄想にされてしまう。

こういう犯罪と被害は警察に届ければ警察も調べるので、ちゃんとそうであればそうであると認定はされやすい。

稀に警察でも・・・・まずないが、絶対ないということがあったこともないしな。

だから人だからな。

 

すまんが現代を生きてて聖人がいるんなら教えてくれ。

記憶しておくから。

いや、記憶すべきだろう、その名は・・・・いってるが、いないだろ!っていってんだよ。

 

そういえば高齢の人が行方不明になり、どこかを歩いていたとかいう人探しの話題もあったな。

残念ながら人に限らず、犬も猫もそういう状態で最後を迎えることも生き物にはあるものだ。

 

いくら聞いても起きる特殊詐欺。

 

1855などから始まる電話番号も詐欺でよくつかわれるアメリカ方面からのフリーダイアルとかいう。

あるいは、なりすましによる有名人のSNSなどで、本物のファンから個人情報など聞き出したりフォロワーを増やしてなにかやってたりするらしい。

昔、日本の総理大臣のSNSがなりすましで簡単に4つほどみつかったが、総理大臣に限らず芸能人や著名人や・・・・そういばなりすましでの株のファンドかなにかの勧誘とかもあったな。

 

あったな・・・・じゃなくて、いつまでもあるんだよ。

 

だからいつも気を付ける必要がある。

 

そういえば偽サイトもあるんだよ。

そこで銀行のサイトと信じてパスワード打ち込んだりして被害にあうんだろ?

 

あるのよ、昔も今も。

 

そういう話さ。

 

結局、自分がすべてさ。

騙されたくないならその自分がすべき努力の話し。

そうか、アメリカはナフサを使ってないらしい。

シェールガス革命からエチレンのみとか・・・・とか。

 

持つ国ができる効率化である。

日本ではホルムズ海峡での石油危機以後、中東依存がよくないという。

それでも50年安定していた。

実はアフガニスタンとイラクに米軍が攻め込んだときも原油価格は跳ね上がったんだが、この時は一時的に原発の稼働率をあげて電気代の高騰は”一切”なかった。

その後天然ガスや石炭などの火力発電も増えたのだろうと思うが。

 

結局、過去の非難よりもこれからどうする?という話しでしかないだろう。

これは人口減少も同じだ。

これから減少するからどうする?という話しだ。

 

ところが簡単に答えがでる、複数の国から輸入するだの、子どもを増やそうとか言いだす。

 

答えは簡単にでる。

それができないことともわからずに。

 

問題がそこなのだ。

そこだが・・・・・よ!理解できたか?解決すべき問題が。

 

今、まさに、俺が述べているところが解決すべき本丸である。

 

石油が入手できるかどうかわからない。

人口が減る。

 

この一つの問題に答えも一つ出す。

 

だから簡単に一つの答えがでるが、現実はこんな一つではない。

そこを一つの問いを信じて、一つの答えを出す。

 

数学で計算して正しい答えを出すように。

 

「はい、全部正解!100点!」

 

おいおい、数学じゃないだろ?

数学ならそれで終わるけどな、学校の授業じゃないんだから・・・・。

 

そこが日本の問題だ、日本国民の問題であり、政治の問題である。

世論というものがあるからな。

 

ここに会社がある。

何をするかは知らないが、ただネジを切る会社だったり、ただ塗装をする会社だったりする。

その会社にいきなり、「他の事してお金稼いでくさだい。」といって、そうできるか?

 

今は医療や福祉関係の業種の賃金が相対的に低下しているようだが、それではほいほい病院や介護施設が倒産して消えていくと「困る。」とか言い出す国民。

 

「ならそこにお金投入すればいいじゃないか。」

 

そこに?

そこにもだよな?どこにでもだよな。

 

だから国債に頼り、金利もあげ、国民は国債償還のために税金をもっと払う義務を負う。

 

「義務なんてない。国の借金だし。」

 

日本円を我々が使わないのならそれでもよい。

やはり米ドルか?

まさか・・・・意表をついて人民元?日米同盟も終了だな、へへっ・・・。

 

ま、冗談だがいってることは冗談じゃなくそういうことだぞと。

 

人口減少。

なら大学も学校も減らし、辺鄙なとこに住みたきゃ住人が自分でいくらかどうにかしろということになる。

 

それは、今はまったくそれこそが異常だ!と思う人が多いということだ。

 

原発も同じだ、原発を動かせばまだ楽なのに・・・・と思うだろうが、多くは地元に原発はない。

多くの反対は地元から起こるものだ。

 

当然だな。

 

放射能汚染などで非難とか住む場所を追われたくないだろ?

そりゃあ反対するよな。

 

そういうことじゃないかという話しだが。

学校とは別の話し。

 

病院も介護も同様だ。

人口が減るなら、今の数を維持なんて・・・・。

 

ありえんだろ?

公金投入して生き残らせることはできるが、そうするのか?という、”あたりまえ”の損得勘定。

 

もう年寄が若いころにいきた成長時代の日本ではない。

 

お金がない、というか使うべきところが別の法がより良い使い方という話し。

 

毎月商品の値上があるが、下手をするとこれは好景気になりうる。

 

「来月あがるから買っとかなきゃ!」

 

これが毎月おこると好景気だよな。

だから年金だけのリタイア世代、特に低年金らの人への公金の補助は本来の節約志向の援助であるが、公平とかいいだしてお金ある人にも還元していくわけだ・・・。

 

ガソリン代も同じだよな。

 

毎月4000億円必要らしいが、1年やると5兆円くらいいる。

それも原油価格次第だからひと月4000億円が決まってるわけでもない。

 

先にのべたが、アメリカの多くのプラスチックはエチレンでいいらしい。

事実は知らないけど、そうらしい。

日本はナフサからあれもこれも多数のプラスチックの種類がある。

 

選択できる正義。

 

確かに正義だが、これはそれだけの余裕がある場合だ。

 

「子育てにカネがいる。」

 

などとも報道でよくいう。

あそこもここも金をよこせ・・・・。

 

おい!大丈夫か?頭が!だ。

 

そういう当たり前の話し。

 

人口が減る。

そりゃあれもこれも消えて数が減る。

・・・・だから、これをどうやって実現していくか?

つまりダメージの軽減だ。

 

ダメージなく・・・という発想が日本の終末を加速させるだけ。

 

え?怖い?

 

生れたお前!お前は死ぬ!必ず死ぬからな!

恐怖して20年60年90年生きろ!

 

 

日本では禁止されている薬物にあたる。

海外では日本ほど忌避されないところがあり・・・・。

今では日本人も海外の人と同じような大麻への感覚の人も増えてるのかもしれない。

 

昔からスポーツ界、芸能界など多くの人の耳目に入る立場にいる人の使用や所持でとりあげられる。

 

昔は麻薬の入口にあたるものとして大麻は見られていたが、その後麻薬と同類としてみられるようになった。

それは大麻でも麻薬と同一の成分があるものもあるからとか。

 

ひょっとすると、自分も末期のガンになって死ぬのを待つだけになると大麻や麻薬を鎮痛剤として使うこともあるかもしれないが、麻薬もそうだが大麻も一度も体験はない。

 

基本的に、いらないはずだ。

前に医療的に使用したことがない人がつかうのなら、最初は好奇心や興味本位からだろう。

 

それで捕まるとしたら、メリットはなんだろう?

 

大麻などでなくても、普通に合法なたばこですら不要である。

嗜好品として扱われるが、今は健康被害とたばこを吸っておきながらそれによる肺への健康被害で健康保険を使う行為など、いいかげんにしろ!というスタンスがすでに社会に構築されている。

 

それでもたばこまでは許容されているので、たばこまででおさまらないのだろうか?

 

個人的な謎だが。

 

たばこでも急性中毒になるものではある。

なったことはないが、昔は吸っていたので。

昔はすっていたが、吸いながら無駄なものという認識は当然あったうえで吸っていた。

 

昔話題になった禁煙するための本のように、たばこを吸いながら、こんなもの吸って一体何だっていうんだ?

健康を害して、それにお金をかけて、こんなものを吸わなければどれだけほかに回せるお金があるだろう?

 

そんな感じだ。

 

1日1箱で500円とすると、30日で15000円、1年で18万円、30年吸うと540万円だ。

 

なんて。

これからまだ税金もかかり値段も上がるのだろうが。

 

おっと、これはたばこの話しだ。

 

大麻か・・・・。

 

いる?

俺にはよくわからん。

 

海外で興味本位で吸った人に聞いたことはあるが、「別になんてことない、こんなもの?」という意見や、「ただ笑った、意味もないが笑いつづけた。」とか。

 

いるか?こんなもの?

 

たばこですら不要ですわ。

 

若い人はたばこも始めないほうがいいよ、これだけ無駄を知識としてもちながら吸う理由はないだろうに。

 

それが大麻?

 

中には麻薬も使う人いるんだろうね。

体験しないほうがいいと思うよ。

別にすごくないし、必要ないし、他のことしたほうがよくね?

 

謎だな・・・。

 

まだ写経してたほうがいいな、しないけど。

いや、写経したほうがまだ役にたつよな・・・・という意味で。

 

仮に大麻が精神作用を目的にしてるのなら、これこそスポーツなどでの成果も詐欺として扱われても仕方ないだろうね。

音楽などでテンションあげる行為すら、俺にはドーピングのように思えるが、今はそこまでいわれないだろう。

 

でも、音楽でも俺は・・・・その程度?おまえ!と思うのは自由だろ。

 

 

それはそれでかまわないけれど、それが”それでかまわないよ”という状態がいつまで続くかが問題である。

 

「人の世にある悪いことの始まりは、世をよくしようと始めたことばかりである。」

 

というのが人類の能力である。

それで一方的な安全だの安心だのという単語がでてくること自体、嘘つきだらけである。

いってるがわは単純に、それを聞いた側がすきにとればいよいというつもりで言葉を使うのだろうが。

今すぐに直接的に何かの被害を与えるのか、将来のカモへの布石かは別にして詐欺であることは間違いない。

 

情報は大事である。

ただ、情報に注力するものは大体嘘をつかむ。

真実などというものを得るのは努力と、真実をつかむ能力が必要なのだが、嘘は簡単につかめるからそうなる。

 

最近の韓国の戒厳令。

国会に軍隊を投入し、後にこれを指示した大統領は反逆罪のような罪を問われたと記憶する。

もっと最近ではアメリカの大統領。

当人自身の「いっておけばごまかせる。」という言葉も多いが、見ている限りでは陰謀論情報を本当に取り込んでいるものも見受けられる。

今のイランとの関係も、第一次でイランとの核合意を一方的に破棄したわけだが、今求めているものと核合意されてあったときと破棄したとき、戦争と交渉のどちらが今のアメリカ大統領が求めることの達成の可能性が高かっただろうか?

 

イラクが大量破壊兵器をもっているとイラク戦争を始めたときのアメリカもそうだが、イスラエル関係の情報が大きくないだろうか?

そうしてイラクは崩壊し、大義とした大量破壊兵器もなかった。

 

情報。

 

イラクは大量破壊兵器をもっているという情報があった。

その嘘を本当だと認識したわけだ。

 

日本の自民党と維新与党も、対外情報庁や国内のスパイ対策法などの設立をしようとしているようだが、スパイは日本以外は大体重罪で簡単に死刑もありうるものだ。

対外情報庁とやらでその職員がスパイとして外国につかまり、死刑になるとして、政府はなんとかしようとするのだろうが、個人的には普通に外国の法で裁かれてくださいとしか思えないぞ。

 

こういってはなんだが、江戸時代にフィリピンで日本人が原住民を虐げる列強の外人を殺したとき、フィリピンから「どうしましょう?」とわざわざ聞いてくれたのだが、徳川幕府は「そちらにはそちらの決りがあるでしょうから、そちらの法で裁いてください。」と返した。

 

俺も日本とはそんな国のはずと認識している。

 

とにかく外国と”戦争”ありうると考えるなら、スパイはいる。

対外情報庁なんてできれば、これは外国から見たスパイ組織だ。

日本人の俺でもそう見る。

 

それができて職員がスパイで外国でつかまり、仮に死刑になるなら、それがそいつらの仕事だろ?と俺は思うが、それでいんだろ?自民党と維新。

自民や維新の議員らが捕まるわけじゃなく、その公務員が捕まるだけだから政府で交渉して動いてるよという自己満足で国会議員はすむのだが、いっそのこと国会議員に立候補せずにそちらの職員になろうとしてほしいが、いうだけ無駄か。

 

情報。

 

嘘、詐欺、だますもの。

 

情報だ、素晴らしい情報である。

基本的につかむのはその情報である。

情報に重きを置くほど、嘘や欺瞞の陽動などはよく効く。

挙句には幕末の吉田松陰のように「身はたとえ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」と、いわゆる先の大戦まで特に効いた生より大事なものを定義して高揚し、大体の多くはその本人の命でなく他人の命を奪う行為を正当化することになるか。

 

AIとやらを重視してるが、間違いなく余計なものは人間で正常なAIなら人類の排除が答えだ。

 

そこに人類が人類を守ろうと間違えた規制を与えたAIが果たして役にたつかどうか?

今いいといってるのはコピー能力のはずだしな。

生成AIとはまさにそれだ。

AIがわかるならわかってるはずだが。

 

悲しいかな日本。

 

嘘や本当の、特に嘘が多い情報の世界に力をいれないといけないのも実力がないからである。

実力があるほど軽視していいのが情報。

 

力関係とはそういうものだ。

 

・・・・・・そういう当たり前のことは当然わかってるよね?

わからずに情報情報という馬鹿がとにかく怖い。

 

簡単につくれるスコーンのもとでつくってみたことで、同じノリで「簡単にできるよ。」と話題のホットケーキミックスでつくってみた。

 

レシピはスコーンのもとを参考につくった。

スコーンのもとはサラダ油大さじ1、牛乳大さじ2を粉にまぜるとのこと。

スコーンのもとはいうとおりにつくると、最初に食べたスコーンの味で、なおかつ外はカリッと中はボリボリという感じでよりおいしいものだった。

 

ホットケーキミックスは一袋150gにサラダ油大さじ1、牛乳大さじ4いれてこねくりまわす。

これを一つづつの大きさにわけてアルミホイルの上に置く。

そのスコーン生地の上にもアルミホイルをおいて、1000Wオーブンで10分。

その後、上にのせたアルミホイルをとり、さらに1000W5分焼く。

 

これでボリボリ食感のスコーンができた。

スコーンのもとでつくったものと比べると味は落ちるが、普通にスコーンでコスパもいい。

 

上のレシピで牛乳大さじ3にしてみると、カリカリか、ゴリゴリとした食感のスコーンができる。

この辺は形状で食感の変化もあるので、三角形やそれをさらに薄くしたものとか、球状で底だけ平たくしたりなどでホットケーキミックスでも外と中の食感の変化は可能だ。

 

意外と形状でも変化が楽しめます。

 

正直、ホットケーキつくるのはめんどくさいが、スコーンにするとホットケーキつくるほどの面倒はないということを知った。

 

でも、スコーンのもとのほうが間違いなくおいしいですな、ただコスパはホットケーキミックスよりも落ちる、高いですな。

 

牛乳大さじ4が適量かな?と思うが3でも悪いわけではない。

2だと作りにくいかも。

 

もちろん、これにあれこれと他の味をまぜるとさらにおいしいのでしょうけどね。

 

本当にこのまんまのレシピでいけますよ。

「そうなんだろ!」

 

別に猿にはいってない。

 

書かなくてもいいかと思ったが、やはりいろんなのがいるから書く必要があるか。

 

 

まず、これを知ってるだろうか?

 

順番に並んで自分の番を待つ。

 

古いのが偉いという日本のマナーといわれる文化だ。

 

戦後でもあった古いのが偉い。

 

会社での年功序列という給与の差、先輩を敬えという先輩後輩の関係、年上に使う敬語、古くからおこなわれてきた祭りなどの保存、ご先祖様への感謝、歴史という学業など。

 

古いのが偉いという日本の文化だ。

 

今は違うだろ?

いくらかなくなったものもあるだろ。

 

はたして、古いのが偉いというものを否定する側か、肯定する側かは知らないが。

 

これからは待ってる列には割り込むか?

それはしないだろ?

してもいいが、秩序はきえるぞ。

 

もっと基本的なことをいえば、古いのが偉いのが嫌なら、力があるのが偉いというのもある。

力あるものが殺し、奪い、いためつけていうこと聞かせる。

 

人類はそうして秩序をもうけたからな。

力あるものが偉いという秩序を。

力ないものは大変だ・・・・。

 

古いものが偉いとどっちがいい?

 

現実的な古いものが偉い話をしようか?

日本は本当はここらが当たり前なんだが、サルが多過ぎて結局俺もこの記事書くことにしたわけだが。

 

ここに古くから工場があり、人里はなれて騒音がでる工場で生業を行ってきた。

その付近が造成されて、人が住居エリアにして住む人らがでてきた。

住人が、工場がうるさい!どうにかしろ!と訴訟を起こした。

 

本当なら、工場は問題ない。

元々そこで操業されて、住人のほうが後からこしてきて、工場があって騒音があるのにそこに住み始めたのだから・・・・。

 

古いものが偉いのだが、数でこういうものを変えようという動きや、現実もでてきたとのことさ。

 

あるいは、昔から牛を飼っていて糞尿などのにおいがする。

それが、その農家の付近に家がたちはじめて、その家に住む住人らが「臭い!どうにかしろ!」と農家に文句を言い始めた。

 

本当は後から住みはじめた住人が我慢すること、いや、なんでここに住み始めたのかわからない連中が悪いのだが、農家にも匂いに留意するようにというような空気があるわけだ。

 

後から来た連中も、そこに騒音の工場があり、匂いがする農家があることを知っていて越してきて、うるさい、臭いと言い出す。

 

古いのが偉いのだが、多少あれこれ変化もあるようだな・・・という話し。

 

何?こういうのが当たり前の土俵だよ。

 

何考えてんだという猿が増えすぎじゃないか。

 

あるいは、古くからおこなわれてきた地域の祭りを「うるさいから祭りをやめろ!」というのも同様の問題である。

 

一般的にある問題だと、古くからそこに住んでる人々が昔から草をかるが、後からこしてきた住人が「草刈り機の音がうるさい!」と文句を言い出す。

 

本当は古いのが偉いのだが・・・・。

 

もちろん古い側がわざとうるさい音にしたり、今までなかった未明という時間に草を刈り始めたなどなら話も違うだろうが。

 

兼ね合いだな。

 

古い側、新参側。

 

俺様は長いこと住んでる住人で、お前ら邪魔だから道路からどけ!

 

これも違うんだが、いるんだろうな。

 

書かないとわからないサルが。

 

でも、そうだとわかれば俺は気をつかいたい。

 

稀に幹線道路ぞいに家があり、家に入りにくい人なら覚えれば融通してあげたいと思う。

 

だけどもそんなレベルでターゲット化しないからな。

記憶しない。

 

車1台しか通らない生活道路は、住人を優先したいけどな。

そんな道通るくらいなら事情も覚えるだろ。

そんな道路普通に使えるくらいなら。

 

どう?簡単に普通の日本人レベルの話しをしてみたが。

最近は闇バイトやサイバー攻撃などでの身代金要求などが盛んだ。

この年になって、ようやく原因を理解した。

 

ここで一つの例えを挙げてみよう。

 

「統一教会」

 

1990年代から日本では有名になり、婚姻の自由は宗教団体の斡旋で指示され、のちに霊感商法や多額の寄付という日本での日常生活はできなくなる信者たち。

 

日本ではそういう信者をこういう。

 

「被害者」

 

闇バイトやサイバー攻撃も同じものだ。

 

被害者と呼ぶことで誰もが勘違いし、いつまでもそれを社会的に許す。

 

そりゃあ終わらないし、人間は腐るみかんなので一つ腐ってるみかんがあると、箱にあるみかんがほとんど腐っていく。

 

その中でも腐らないみかんは食べられて、結局その箱からはいなくなり、その箱の中身はすべて腐ったみかんである。

 

この真実を、今まさに俺がここに提示したように、真実は闇の中だ。

ようやく広がる場に一筋の光を俺が差し込ませたにすぎない。

 

被害者は一つだ。

 

力あるものがその力によりその意思なき人を思うままに従わせる。

 

死ぬ気もない人に死なせ、失いたくないお金を失い、馬鹿にされたくないのに馬鹿呼ばわりされるようにされる。

 

意志なき人を思うままに従わされた人。

 

これが被害者だ。

 

おかしい?

 

いいや、覚えておけ!

 

これこそが原理である。

 

だから俺も原理はしらず、社会や法が被害者だと認定した定義だけで考えているので、真実に到達できないわけだ。

かすかに原理に近づき

 

「騙すほうも悪いが騙される側も悪い。」

 

ということわざに到達するだけに過ぎない。

社会や法が被害者だと認定したものを記憶したと同様の程度でしかない。

 

今のあれこれという加害者になる被害者も、これは原理では被害者でなく統一教会の信者と同じである。

 

そりゃあどうにもなるわけもない。

 

闇バイトの加害者側も統一教会の信者と同じような、もっと直接的な犯罪行為なのでさらに差別はうけるだろう。

だが本質、つまり原理は同じだ。

 

「そんなのはとっくに俺は理解してるさ。」

 

本当かな・・・・。

 

あんまり頭いい奴と縁はなくてな。

頭がいいという自覚の奴は記憶量が多いとか、ただ他人を下に見る性癖か、完全な犯罪者くらいなんだがな・・・・。

 

警察というものの価値観を一応挙げておく。

 

窃盗を例にしようか。

 

「金額は関係ないです。」

 

ただ、それは窃盗なのか、もしくはあなたの勘違いじゃないですかとか、窃盗だという証拠は必要ですよというものだ。

 

窃盗だという証拠。

 

あなたがそれを窃盗だと思うに値する状況証拠や、特に物的証拠のレベルならばなおよし。

あなたがそうだと思うに値する証拠ですよ。

 

「とられたのかもしれない・・・・。」

 

そうでしたか、大変ですね、それでは。

 

そういう現実の話しをしたわけだが。

もちろん教えてる。

 

本当は嘘とかボケとか、そうであることも人の生活の一部だからな。

 

警察官でそれぞれだろうが、市民もそれくらいとか思うようなら警察官らも

 

「それくらいなら。」

 

なんて窃盗しても不思議はない。

人は腐るみかんだから。

 

挙句に職務上、その確固たる事実と現実を認識してるからな。

 

犯罪の信者は打つてない。

 

数は怖いからな。

数という力。

 

原子爆弾などがあれば、その数を駆逐する力ではある。

 

まあ、自らをも傷つけたり、亡ぼす力も原子爆弾は持っているけれどな。

 

東北の原発の冷却水の放出でなんだかすごい反発した国々は、その通りの価値観でいつづけるんだろうな?

あれこれとないらしい。

とはいえ、自分にできることも別にない。

塗料を買うでもシンナーを買うでもないし、エンジンオイルを買うでもない。

買い物してもずっとマイバッグか現物の持ち出しだからビニール袋も縁がない。

 

一応日本に物はあるという政府見解のようだが、後は地方により余剰があったりなかったりもあるだろうし、日本にあるとしても、それを消費するところにないと結局意味はない。

 

意味はないが、日本は統制経済ではなく自由経済が基本なのですぐにないところに補給もできるはずもない。

 

今回の騒動で情報の仕組みができれば、今後はより素早く”統制経済”に移行もしやすいだろう。

 

いいのかそれで?とも思うが、今物がなくて困ってる業者などは今すぐの統制経済を求めたいだろう。

 

それは無理だからお金の手配、コロナ禍のような融資が現実的な政府ができることで、業者もそれを求めているらしい。

 

国民的にも特に反対意見はないだろう。

 

後は本当に日本に物があるのならそのやりくりの仕組みをなるたけ早く構築して、いわゆる配給的配分を行うことだ。

 

業者も政府に物不足を連絡せよとはいっているし。

 

今のままが仮に続くなら、やはりエンジンオイルがないのならこれは困る。

 

先の大戦の発端は日本の石油不足であり、だが国民的には特に石油不足が問題ではなかったといわれていたが、今の石油不足も車の燃料がないという状態にならない限り、国民の問題というよりも企業や業者が先に矢面にたち、其の後に国民にその順番がくるというもので、先の大戦の発端も似たような流れだろう。

 

国民、つまり臣民にその石油不足の現実が到達する前に真珠湾攻撃をしたのだろうから。

 

そんな考えが思い浮かんだだけだ。

 

塗料にしても、塗装業と缶塗料スプレーを販売する業者では利益サイクルが違うしな。

 

塗装して利益を得る業者と、個人が塗装缶スプレーを購入することで利益を得る業者では。

 

これはエンジンオイルも同じだ。

 

ドラム缶などでオイルを買ってオイル交換で利益を出す業者と、オイル缶を個人に売って利益を得る業者では利益の得方が違う。

 

とりあえず政府見解が正確なら、タイムパラドックスに陥ることで時間を過ごすしかない。

今を先月や先々月の過去を生きる・・・・みたいな。

 

これをこなしている間に物不足が解消するのを待つしかない。

 

だから先月、先々月、もちろん今の今月分のお金の融資を国がするしかないよな。

 

手がそれしかないという・・・。

 

いや、本当に個人にできることは何もないだろう・・・・。

 

俺も別にひっぱる足もつかんでもねえ。

 

何もしてないしな・・・・。

 

呼吸くらいだ。