悶々とした主婦生活の中
叫ぶように綴ったこのブログは
私にとっての癒しであり
自分発見のツールであり
成長の過程でもありました。
生活環境がガラリと変わった今
ブログも心機一転お引越ししようと思います。
ブログを見に来てくださった方々
どうもありがとうございました。
もしよろしかったら
新しいブログにもぜひ遊びに来てくださいね。
新しいブログはこちらです。
http://blog.goo.ne.jp/hohoemistyle
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しばらくは、専業主婦として孤軍奮闘するつもりでいたのに、
どういう訳か10年ぶりにOLに戻ってしまった。
10年前に辞めた会社に、10年ぶりに復帰して働き始めた。
(主婦であることには変わりないけれど。)
約2ヶ月の準備期間は、私の最後の春休み。(のつもり。)
たっぷり堪能したのかしないのか、自分でもよくわからないけど、
長いと思った春休みも、いつかは終わり、
今、こうして働いている。
本当に不思議なことに、
会社の机の配置も、
そこで働いている人たちも、
ほぼ10年前のまま。
私が以前入社した時に購入した事務用社有車も、
そのままだった。
写真なんかでみたら、きっと変わっているのかもしれないけれど、
私の目に映る会社のみんなは、全く変わっていなかった。
車も、綺麗に使ってあって、全く同じに見えた。
入社2日目にして、早速社有車でお使いに行った。
新しいことはなかなか覚えられないけど、
昔のことなら、なんとなく覚えている。
久しぶりにその社有車を運転して、
初めて10年の月日を感じた。
アクセルは軽くなってゆるゆるしているし、ブレーキも戻りが悪い。
10年とはこんなに長いのだ。
だけど、車は明らかに古くなるけど、
人の心は、ずっと一緒なんだ。
成長はするけど、決して古くはならない。
そんなことも思った
聞くところによると、今年は車の買い替えの年らしい。
机の配置も、ユニットタイプのものに変える計画があるとか。
前回私を採用してくださった一番年配の上司は、3月末が定年退職で、
3月に歓送迎会に呼んでいただき、ギリギリセーフでお会いすることが出来た。
ほんの紙一重で、間に合ってよかった。
私が当時使っていた引き出しを覗くと、
私が10年前の新入時に書いた、マニュアルノートまで出てきた。
机の配置や、コーヒーカップの特徴など、事細かに書いてあった。
こんな奇跡を今になって体験することが出来るなんて。
子育てに専念したい、という私の我儘で辞めた会社。
戻れる日がくるなんて、これっぽっちも思ってなかった。
(戻りたいなと思ったことはあったけど。)
でも、全く以前と変わらない状態で、私を受け入れてくれたことに
本当に感謝したい。
生きてると、ほんとうに何が起こるかわからない。
これからも、一生懸命生きてみよう。
今日は、先日受けた乳癌の検査の結果を聞きに行ってきた。
去年、マンモトーム生検というちょっと詳しい検査をして
大丈夫と言われてから1年。
ずいぶん穏やかな気持ちではあったけど、
やっぱり少しは緊張する。
でも、おかげさまで今回も異常なしでした。
これからは仕事をするし、
この調子なら、近くの病院に変わろうかな、
と思い、相談したところ、
私の住まいの近くにある、私が希望した病院が
提携病院になっているということで、
丁寧な引継書をすぐに作ってもらえた。
これで、来年からは家の近くで検診して、
何かあったらこちらの病院を紹介してもらえるという
理想的な状況になった。
ほんとに最後まで、私の期待は裏切られなかった。
ほんとは今回、1年前から予約していた検診をキャンセルして
直接、家の近くの病院にいってしまおうかと悩んでいた。
でも、せっかく1年前から用意してくれていた病院を
ドタキャンするのはどうかと思い、
きちんと約束を果たしてから、転院の意思を伝えようと
思いなおした。
結果として、私もこの病院を裏切らなくてほんとよかった。
私は20代で母を癌で亡くした。
その時はほんとに悲しかったし、苦労もあったと思う。
だけど、私がこうして癌の疑いがかかっても、
冷静に自分に合う病院を探し、
手術後の生活まで想定し、
そして、病院に感謝が出来るまでになったのは、
母の時の経験によるものが大きい。
当時は、初めての経験で、
知識もなかったし、行動力もなかったために、
ただ病院の言うなりにしか動けない自分を責めたし、
病院のことも好きになれなかった。
でも、あの時の経験があるから、
今は、まずは自分が行きたいと思う病院を探す、
ということが出来るようになった。
それが出来ると、病院に行くことが苦ではなくなるし、
逆に感謝することもでてくる。
これからもいろいろな問題もでてくると思う。
でも、前向きにがんばっていきたいと思う。
1年ぶりの乳癌定期検診のため、電車に1時間ほど乗って、
がんの専門病院まで行ってきた。
予約は9時。
でも、ママ友ランチの約束が11時半から。
最初は検診を変更しようと思ったけれど、
でも、なんとなく間に合いそうな気がしたので
ちょっとリスクも負いつつどっちも掛け持ちすることにした。
以前も書いたけれど、最近の大病院はほんとに効率的で、
無駄な時間はほとんどない。
朝7時半過ぎに家を出て、着いたのが8時50分。
9時には超音波の検査が始まり、
続いてマンモグラフィ。
終わったら、その足で精算に。
全部終わって、病院を出たのが9時半だった。
検査2つと精算もして、きっかり30分。
これが、日本を代表するがん専門病院の現実。
すごい!
10時45分には家に着いていた。
ランチにも余裕で間に合った。
朝一の予約だったから前の人がいないせいもあるけど、
最近の病院事情はすごい。
大きな病院は混む、
何て言うのはほんと昔の話になってしまった。
このところ、毎日が早く過ぎていく。
2月だけでも、子供のこと、自分のこと、義父のこと、
やることがたくさんある。
私って、期限が決められていると
俄然やる気が出るタイプなのかもしれない。
全部、まあ今度でいっか。と先延ばしにしてきたことばかり。
専業主婦をやりながら、いつも思っていた。
朝から晩までよく仕事に行けたなぁ、と。
こんなに時間があっても家事が全然進まないのに、と。
でも今思うことは、ほんとに家事って難しいってこと。
自由なことほど、自己管理が出来てないとこなせない。
自由な時間をたっぷり与えられたら、
ほんとに自由にのんびりしてしまう。
それでも、なんとかその自由を使いこなそうと、
一生懸命自分なりにがんばって、
なんとか家にいる時間を増やして、
現実に向き合ってきたつもりだった。
だけど、ひょんなことからその必要がなくなってしまった。
そして、今の怒涛の日々が過ぎていく。
4月からは、もっと忙しいのかもしれない。
でも、ちょっと自分らしさを取り戻せてるような気がしている。
いわゆる「出べそ」な私は、家にいるのが苦手で、
何か用事を思い出しては外に出てしまう。
でも、ここ最近、家に居ついてしまっている。
ちょっと用事を思いついても、
もう少ししてから出よう
と思っている内に、子供の帰宅時間になってしまう。
長く家の中にいると、
あんまりやってないつもりでも
それなりには家事が片付いていく。
当然のことといえば当然なのだけれども、
家事に苦手意識を持っていると、
外出が多いことが原因だと思わずに、
自分の能力の不足だと自分を責めたくなる。
更に、家にいる自分も怠けていると責めたくなる。
これって、悪循環だ。
家事をこなしているということは、
それなりに家にいる時間も長いのだと
早くに気づいて実行していれば
家にいる自分を責めることなく、
家事も程々に進み、
とっても穏やかな気持ちで過ごすことが出来ていただろうに。。
もちろん、これは一般論ではなく、
私個人の、能力の話で。
自分の性格、能力を、もっと見つめてあげていれば、
とっくに気づいていただろうに。
人間(というか、私が)、無い物ねだり、
遠くをみていて自分をみていなかった。
たぶん、そういうことだと思う。
子供の勉強でも、習い事でも、もちろん家事でも、
大切なのは、マニュアルでもなく、どれだけ何をしたかでもなく、
自分のペースに合っているか、
どれだけ自分をわかっているか、
それが大事なのだと思う。
要は、何をするか何をしたかではなく、
自分がどうしたかったか、
自分はどういう人か、
それだけを見ていたら、自ずと答えは出てくるのではないかと。
今の貴重な自由時間。
大切に使いたい。
今日は節分。
私の生まれた町にも、今住んでいる街にも、
恵方巻を食べる風習はなかったけど、
なんとなくここ数年、流行りに任せて食べている。
クリスマスも、バレンタインも、
きっと、こんな風に広まったのかも。
今年の正月は、朝からせっせと家事をこなし、
「今年は家にいよう。」
それが1年の計のはずだったのに。。
やはり、元旦早々、せっせと働いたことが
結果として1年の計になったのか・・・?
まだ働きたくない人は、
元旦は大人しく過ごすべし。
迷信を侮るなかれ。
・・・です。
「家事とは家にいること」
私が最近行きついた家事の定義でした。
それなのに、、
なぜか、私、
働きに出ることになりました。
私の中で、
ある唯一の条件を満たさない限り、専業主婦をしよう。
という想いがあり、でもそれはほぼ有り得ない条件だったので、
それなら家事に徹しようと心に決め、
そして出た結論が、
「まずは家にいること!」
だったのです。
でも、ある日突然、
その、ほぼ有り得ないと思っていた話が
降って湧いてきました。
私にとっては究極の選択ではありましたが、
それは、唯一の働く条件でもあったので、
課題はなんとか努力でカバーすることにし、
チャレンジすることに決めました。
自分の希望でもあるけれど、
厳しい選択であることには間違いありません。
なぜ、その道を選ぶのか?
その道は正しいのか?
答えは私にもわかりません。
でも、一番最初にその話を聞いた時に、
「やりたい!」
と思ったことは事実です。
生きていると、何があるかわからないものです。
私にとっての家事の定義とは、
「家にいること」
別にテレビを観てごろごろしていてもいいのです。
家にいることって、大事な仕事だと思う。
専業主婦でも外出が多い人は、働いているのと
あまり変わらないかも。
(正直、私はそのタイプ。)
そもそも、家にいることをけなす風潮こそ問題だと思う。
「ごろごろしてていいねぇ~」的な。
家にいるからこそ、見える風景、気づくこと、
ほんとはたくさんあるのに。
留守番、て遊んでるように一言で片付けるけど、
人を雇ったらかなりのお金だってかかる。
家にいるのだって、立派な仕事なのだ。
職場にいても、私用の考え事することもあるし、
心の中には自由がある。
それなのに、家にいて動いてないと
なにか悪いことをしているような罪悪感を感じる。
そう感じる主婦も少なくないのでは・・・?
少なくとも私はそう。
家にいるのも仕事の内。
私たちには母性があるから、
結局は家族のことばかり考えてるんだから。
(↑含、自分。笑)
そんな訳で、元旦に感じた1年の計は、
「今年は家にいよう。」
でもあった。
それなのに・・・
次回につづく。。