ブログランキングに参加しています

良かったら…。
ポチっと、押してくださいね


理由あって…。
「認知症介護」と「小規模多機能型居宅介護」について、改めて考えてみる機会がありました。
せっかくの機会なので…。
ゆっくりと、一つずつ、ひもといてみようかなと思いました。
まずは…。
「介護」って何ですか?
その問いに、あなたなら、どのように答えますか?
日常の生活を送るために、必要で適切な支援を行う事?
その人がある社会で、その人が、その社会で主体的に参加できるように適切な支援を行う事?
その人が、その瞬間に抱えている困り事で、その人の生活が途切れてしまわないように、適切な支援を行う事?
etc…。
例えば…。
介護≒ケアとした場合。
「ケア」とは、「配慮」という意味があるらしい(ウイキペデイアには、そのように載っていました。)
「配慮」には、「気づかい」という意味があるらしい。
「気づかう」ためには、気に掛けなければならないよね。
そう。
誰かの、何かに、気を掛ける。
誰かの、何かに、気を掛けるって事は…。
その対象である存在を、しっかりと認識しているってことだよね。
と、いう事は…。
決して、存在を否定したり、無視したりする事ではないはず。
「人は、その存在の意味すらも確認しながらしか生きる事が出来ない」って、考えがある。
それに沿って考えてみると…。
ケアとは…。
「その対象となる人が、『私は、ここに存在しているんだ』と、その人自身が感じる事が出来る」事を目的としているんだろうと、僕は考える。
また…。
「人間は、常に自己実現に向かって生きているいきもの」って、考えがある。
「自分の存在の意味を確認する事が出来るステージ」が、自己実現だと仮定すると…。
ケアとは…。
「自己実現を目指すために必要なこと」でなければならないと、僕は考える。
そうなると…。
マズローさんは、自己実現に向かうためには、4つの欲求が満たされる事が必要であると考えているから…。
生理的欲求・安全保障の欲求・愛と所属の欲求・承認の欲求が満たされる必要があるんだな。
ここで…。
「認知症」って、そもそも何なのかを考えてみるんだね。
認知症とは…。
ざっくり書くと、「後天的な脳の器質障害によって、いったん正常に発達した知能が低下した状態」の事だよね。
じゃあ、認知症介護って…。
「後天的な脳の器質障害で、いったん発達した知能が低下した状態の方々の自己実現を目指す」事を、目的としているんだよな。
つまり…。
『どんなに分かる力が低下したとしても、「自分が第3者のために必要である」という事を、その人自身が実感しながら生きる事ができる』事を目的としているんだよな。
と、いう事は…。
どんなに分からない事が多くなったとしても、
生理的欲求を満たす事が出来て、
安全保障の欲求を満たす事が出来て、
愛と所属の欲求を満たす事が出来て、
承認の欲求を満たす事が出来る、必要があるってことだよね。

どの欲求を満たしたいと思っているのか?
その欲求を満たす事を、阻害している中核症状は何なのか?
その事を考える事が、「認知症介護の入り口」なのかなと考えてみました。

とりあえず…。
ざっくりと、考えてみました。
これだけではない事は、十分に理解しています。まだまだ、不十分…。
でも良い機会なので、ちょっとずつ、「形」にしてみようかなと思いまいた。
今日書いた事をベースに…。
もっと考えて、もっと「自分の言葉」で語る事が出来るようになれた良いな。