アフロの車窓から(27)~後枠編~
「アフロの車窓から」というふざけた名前の旅が終わって、
今日でちょうど3ヶ月になる。
宗谷丘陵を見た後、私は宿に戻るなり熱を出し、節々痛む中
なんとか飛行機に乗り、家に帰って来たのだった。
いやはや、懐かしい、懐かしい。
なぜ懐かしいかと言うと、この3ヶ月が怒涛のように過ぎていったから。
ものすごく前のことのような気がする。
いろいろとありすぎて。
実はなんと道北で仕事が決まり、10月には引っ越すことになった。
そのことに関連して、実は激しく水面下でもろもろ動いていた。
ただ、すごくとんとん拍子感があり、いまだに非常にびっくりしている。
旅の途中で立ち寄ったわけでもない街なのである。
おととい出かけて初めて見てきたのである(笑)
自分も起こっていることについていけてないので、とりあえず笑っちゃう。
でもなんか、いい人たちがいっぱいいるし、楽しいことが待っていそうだ。
寒いけど行ってみるか。
そんな感じである。
この旅は転機であったなと、改めて思っている。
旅の途中で出会ったひとりひとり、美しい景色のひとつひとつが、
まるで道しるべのようであったなあと思っている。
この旅のすべてに感謝。
出会った人にも、景色にも、ツイッターでコメントしてくれた人にも、
旅日記を読んでくれた人にも、そしてもちろんアフロさんにも。
10月からはまた新しい“旅”がはじまる。
相変わらずのんびり屋な私らしく、マイペースに楽しく、
新しい毎日を過ごそうと思う。

今日でちょうど3ヶ月になる。
宗谷丘陵を見た後、私は宿に戻るなり熱を出し、節々痛む中
なんとか飛行機に乗り、家に帰って来たのだった。
いやはや、懐かしい、懐かしい。
なぜ懐かしいかと言うと、この3ヶ月が怒涛のように過ぎていったから。
ものすごく前のことのような気がする。
いろいろとありすぎて。
実はなんと道北で仕事が決まり、10月には引っ越すことになった。
そのことに関連して、実は激しく水面下でもろもろ動いていた。
ただ、すごくとんとん拍子感があり、いまだに非常にびっくりしている。
旅の途中で立ち寄ったわけでもない街なのである。
おととい出かけて初めて見てきたのである(笑)
自分も起こっていることについていけてないので、とりあえず笑っちゃう。
でもなんか、いい人たちがいっぱいいるし、楽しいことが待っていそうだ。
寒いけど行ってみるか。
そんな感じである。
この旅は転機であったなと、改めて思っている。
旅の途中で出会ったひとりひとり、美しい景色のひとつひとつが、
まるで道しるべのようであったなあと思っている。
この旅のすべてに感謝。
出会った人にも、景色にも、ツイッターでコメントしてくれた人にも、
旅日記を読んでくれた人にも、そしてもちろんアフロさんにも。
10月からはまた新しい“旅”がはじまる。
相変わらずのんびり屋な私らしく、マイペースに楽しく、
新しい毎日を過ごそうと思う。

アフロの車窓から(26)~ゴール in 宗谷岬!編~
6月10日(金)
13:30 稚内駅バスターミナル
昨日のうちにユースホステルで調べた情報によると、
「往復バス券を購入すると270円お得です!」
ということだったので、その券を買って待合室でバスを待つ。
外はあいにく、雨が降り出した。
気温がみるみる下がっていく。
ひとり先にバスを待っていたおじいさんが話しかけてくれた。
観光かい?と聞いてくれたおじさんは、病院からの帰りだということだった。
現役のころ、稚内から宗谷岬まで除雪車を運転していた方なのだそうだ。
おじいちゃんのお国言葉はとってもあたかくてしみた。
この港町で、長いこと生きてきたひと。
そのうちビジネスマンや学生風の、どうやら私のお仲間観光客っぽい人たちと、
おじいさんのお仲間おばあさんたちが待合室に入って来た。
13:45 宗谷岬行きバス乗車
バスは思いのほかしっかり席が埋まっている。
バスの所要時間は約45分。
そんなに遠いのかなあと思っていたら、生活路線なので乗客の乗り降りも
それなりに多いのだけれど、なによりバスがとてもゆっくり走るのだ。
理由は最後まで分からなかったけれど(笑)
窓の外に見えるお店には、ロシア語の案内がついているところがちらほら。
函館にはじめていったときに、お土産にマトリョーシカが多いことに
とても驚いたけれど、ここには実際にロシアの方がよく訪れるという
ことなのだと実感。
東京から見える世界が世界のすべてだと思わない方がいい。
そんな風にまた思う。
14:31 宗谷岬バス停着
バスを降りると風がつめたく、潮のにおいが濃い。
途中で乗って来た高校生たちが、ウインドブレーカーを着ていた理由
がやっとわかった。
現在の気温は14℃。
ひとめでそこにあると分かる最北端の地の碑のあたりには、観光バスが
何台も横付けされていた。
15:00 宗谷岬
宗谷岬でゴール!
10日に及ぶ旅の最終地点に無事到着。

観光客の元気なおばちゃんに囲まれながらも、なんだか涙が出てきて困った。
無事にここまで来れたことへの安堵と、旅が終わってしまうことへの
さびしさとが、ぐちゃぐちゃに混じっていた。

ツアーのおばちゃんがたはりんちゃん呼ばわりしていたけれど(笑)
実は海峡の名前にもなっているすごい人、間宮林蔵。

しかし彼の目線の先にあるオホーツク海には、あいにくの天気で
何も見えない。晴れていれば、彼が測量して回った樺太が見えるはずなの
だけれど。
ここはホントに、日本の端っこなのだ。
私はアメリカの端っこ、カナダとメキシコの国境の近くに住んだことが
あるけれど、やっぱりここのちょっと憂いを含んだ感じとはやっぱり違う。
島国独特の、端っこの風景なのかもしれない。
15:30 宗谷丘陵
さて、ほっとしたところで一番見たかったものを見に行く。
それは宗谷丘陵。
もうずっと以前のことで、どの本だったのか正確に覚えていないのだけれど、
司馬遼太郎の本で宗谷丘陵に関する記述を読んだことがあって、一度来たい
と思っていた場所だった。
宗谷国道の裏は小高い丘になっていて、そこがもう宗谷丘陵だ。

急坂を上りきったら、ご褒美のように日が差してきた。
あまりうまく資料を探せなかったので、ご存知!ウィキペディアによると(笑)
宗谷丘陵は、宗谷岬南部に広がる標高20メートルから400メートルまでの
なだらかな丘陵地帯。
地形は、地理学者・鈴木秀夫東大名誉教授により、2万年前の氷河期に
形成されたものと確認され、北から南に向かい標高が高くなり、
緩やかに起伏しているが、深い谷はほとんど存在しない。
明治期の山火事によって樹木が消失した。
気温が上がらず強風が吹くため、現在も樹木が回復していない。
そのため、樹木にさえぎられることなく、肉眼で周氷河地形を見ることが
できる数少ない場所となっている。
ということだった。

なだらかな丘が連なる様子を、さえぎるものなく見渡せるこの感じ、
なんだかとても日本とは思えない。しかもそれは、目に見える範囲より
はるか先まで広がっているのだ。

壮大な景色に思わず息をのんだ。
こんなすごいところが日本にあるなんて!
けれど、宗谷岬を見に来たお客さんの半分も、こっちまで上がってこない。
後ろにはこんなにすごいものがあるのに、とってももったいない。
あまりにも静かで、あまりにも大きな景色にちょっと心細くなったから、
アルプスの少女ハイジの歌を大声で歌って帰ることにした(笑)

帰り際、もう一度丘陵の方を振り返ると、牛たちが草をはみに来ていた。
私たちが都市で見ているものとは正反対のもの。
大きな自然とか、力強く生きる命とか。
そしてそれらが支えているものがあまりにも大きいことには、
しばし呆然としてしまうほどだった。
人はなんとまあ、自然を前にするとこんなにちっぽけなのだろう。
ここで感じた自分の小ささは、忘れてはいけないと思った。
13:30 稚内駅バスターミナル
昨日のうちにユースホステルで調べた情報によると、
「往復バス券を購入すると270円お得です!」
ということだったので、その券を買って待合室でバスを待つ。
外はあいにく、雨が降り出した。
気温がみるみる下がっていく。
ひとり先にバスを待っていたおじいさんが話しかけてくれた。
観光かい?と聞いてくれたおじさんは、病院からの帰りだということだった。
現役のころ、稚内から宗谷岬まで除雪車を運転していた方なのだそうだ。
おじいちゃんのお国言葉はとってもあたかくてしみた。
この港町で、長いこと生きてきたひと。
そのうちビジネスマンや学生風の、どうやら私のお仲間観光客っぽい人たちと、
おじいさんのお仲間おばあさんたちが待合室に入って来た。
13:45 宗谷岬行きバス乗車
バスは思いのほかしっかり席が埋まっている。
バスの所要時間は約45分。
そんなに遠いのかなあと思っていたら、生活路線なので乗客の乗り降りも
それなりに多いのだけれど、なによりバスがとてもゆっくり走るのだ。
理由は最後まで分からなかったけれど(笑)
窓の外に見えるお店には、ロシア語の案内がついているところがちらほら。
函館にはじめていったときに、お土産にマトリョーシカが多いことに
とても驚いたけれど、ここには実際にロシアの方がよく訪れるという
ことなのだと実感。
東京から見える世界が世界のすべてだと思わない方がいい。
そんな風にまた思う。
14:31 宗谷岬バス停着
バスを降りると風がつめたく、潮のにおいが濃い。
途中で乗って来た高校生たちが、ウインドブレーカーを着ていた理由
がやっとわかった。
現在の気温は14℃。
ひとめでそこにあると分かる最北端の地の碑のあたりには、観光バスが
何台も横付けされていた。
15:00 宗谷岬
宗谷岬でゴール!
10日に及ぶ旅の最終地点に無事到着。

観光客の元気なおばちゃんに囲まれながらも、なんだか涙が出てきて困った。
無事にここまで来れたことへの安堵と、旅が終わってしまうことへの
さびしさとが、ぐちゃぐちゃに混じっていた。

ツアーのおばちゃんがたはりんちゃん呼ばわりしていたけれど(笑)
実は海峡の名前にもなっているすごい人、間宮林蔵。

しかし彼の目線の先にあるオホーツク海には、あいにくの天気で
何も見えない。晴れていれば、彼が測量して回った樺太が見えるはずなの
だけれど。
ここはホントに、日本の端っこなのだ。
私はアメリカの端っこ、カナダとメキシコの国境の近くに住んだことが
あるけれど、やっぱりここのちょっと憂いを含んだ感じとはやっぱり違う。
島国独特の、端っこの風景なのかもしれない。
15:30 宗谷丘陵
さて、ほっとしたところで一番見たかったものを見に行く。
それは宗谷丘陵。
もうずっと以前のことで、どの本だったのか正確に覚えていないのだけれど、
司馬遼太郎の本で宗谷丘陵に関する記述を読んだことがあって、一度来たい
と思っていた場所だった。
宗谷国道の裏は小高い丘になっていて、そこがもう宗谷丘陵だ。

急坂を上りきったら、ご褒美のように日が差してきた。
あまりうまく資料を探せなかったので、ご存知!ウィキペディアによると(笑)
宗谷丘陵は、宗谷岬南部に広がる標高20メートルから400メートルまでの
なだらかな丘陵地帯。
地形は、地理学者・鈴木秀夫東大名誉教授により、2万年前の氷河期に
形成されたものと確認され、北から南に向かい標高が高くなり、
緩やかに起伏しているが、深い谷はほとんど存在しない。
明治期の山火事によって樹木が消失した。
気温が上がらず強風が吹くため、現在も樹木が回復していない。
そのため、樹木にさえぎられることなく、肉眼で周氷河地形を見ることが
できる数少ない場所となっている。
ということだった。

なだらかな丘が連なる様子を、さえぎるものなく見渡せるこの感じ、
なんだかとても日本とは思えない。しかもそれは、目に見える範囲より
はるか先まで広がっているのだ。

壮大な景色に思わず息をのんだ。
こんなすごいところが日本にあるなんて!
けれど、宗谷岬を見に来たお客さんの半分も、こっちまで上がってこない。
後ろにはこんなにすごいものがあるのに、とってももったいない。
あまりにも静かで、あまりにも大きな景色にちょっと心細くなったから、
アルプスの少女ハイジの歌を大声で歌って帰ることにした(笑)

帰り際、もう一度丘陵の方を振り返ると、牛たちが草をはみに来ていた。
私たちが都市で見ているものとは正反対のもの。
大きな自然とか、力強く生きる命とか。
そしてそれらが支えているものがあまりにも大きいことには、
しばし呆然としてしまうほどだった。
人はなんとまあ、自然を前にするとこんなにちっぽけなのだろう。
ここで感じた自分の小ささは、忘れてはいけないと思った。
アフロの車窓から(25)~レッツゴー稚内!編~
6月10日(金)
6:00 おはようございます
今日は7時台の汽車で出発し、稚内を目指します。
所要時間は約4時間。
その後、バスで稚内市街から宗谷岬に向かいます。

お宿の方が朝早い出発に合わせてご飯を準備してくれた。
焼きたてでほわほわのパンがありがたい。
この旅では本当に、食べ物を残さなくなった。
ご飯を調理してくれる人、食材を作ってくれる人、またはその畑や田んぼが
本当に近くにあって、どうやって自分のもとにやってくるかがよくわかるからだ。
作物は、魚は、肉は、工場で作られるんじゃない。
この時に優しくて時に厳しい自然の中で手間暇かけて作られたもの。
あるいはそこにむき出しの命として存在していたもの。
そういうことが説明されなくてもビシビシ伝わってくる。
作ってくれる人の愛情も、きちんと伝わる。
改めて、いただく命に感謝。
それは、絶対に忘れてはいけないこと。

7:55 日進駅出発

稚内駅まで乗り換えなしなので、これが今回の旅最後の汽車。
ちょっとぐっとくるものがある。
昨日宿のご主人が教えてくれたように、天塩川を見られる進行方向左側に座る。
08:06 智恵文駅
早くも駅の待合室が初見な雰囲気に!!

寒い土地だから待合室がないととてもとても大変なんだと思うけれど、
改めて汽車に乗る人は少ないのだろうなあと思う。
そういえば宿の近くの日進駅も、高校生は冬場でも自転車通学だから、
主に宿の利用者の人しか乗降客はいないと言っていたっけ。
08:52 音威子府駅着
今回の旅のルートを調べていた時、ん?聞いたことある名前だけど
なんでだろう?と思ったのが音威子府だった。

よくよく思い返してみたら、どうでしょうで北海道カントリーサインの旅
をした時に、猿払村まで向かう途中に出てきた地名だったのだ。
私の地理の知識は、本当にどうでしょうの旅ルートに準じている(笑)
それにしても音威子府、一回聞いたら忘れないいいお名前。
9:20 音威子府駅発
そういえば汽車にはこんなものもついている。
バスではないのです。
汽車なのです。

不思議に楽しいのです、こういうの。
さて汽車は天塩川沿いをひた走る。

10:30 幌延駅着

なんと、キャッチコピーは「トナカイの里、ほろのべ」。
日本でトナカイ飼えるんだ!!と大いに驚く。
幌延駅には、ちょっとゆるかわな仲間たちがいっぱい。

実に満足(笑)
11:00 豊富駅付近
有名なサロベツ原野のある駅。
あたりの景色は急に開けて、牧草地帯になる。
米の北限は士別、名寄のあたりで、それより北では牧草地で牛を育ててるのだ、
というのは宿の奥さん情報。

そういえば今朝飲んだ牛乳も、豊富産って書いてあったから
ここらへんの牛さんのだな。急に湧いてくる親近感!
11:36 抜海駅周辺
そして景色が急激に開ける!
久しぶりの海!

11:52 稚内駅着
人家が密集し始めたあたりを、しなやかに駆け抜けていったエゾシカに
すっかり目を奪われているうちに、終点稚内駅に到着。

函館から703.3km!!
あれ!?案外距離短い!?(笑)

それでも「日本最北端の駅」とはなんとも嬉しい響き。
「最」とつく場所に、旅好きはめっぽう弱いのだ。
他のお客さんは思いのほか地元の方ばかりだったようで、のんびり
写真を撮っているのは私だけ(笑)
大丈夫かと思って様子を見に来てくれたらしい駅員さんの姿に
ちょっとあわてて、改札を出た。
6:00 おはようございます
今日は7時台の汽車で出発し、稚内を目指します。
所要時間は約4時間。
その後、バスで稚内市街から宗谷岬に向かいます。

お宿の方が朝早い出発に合わせてご飯を準備してくれた。
焼きたてでほわほわのパンがありがたい。
この旅では本当に、食べ物を残さなくなった。
ご飯を調理してくれる人、食材を作ってくれる人、またはその畑や田んぼが
本当に近くにあって、どうやって自分のもとにやってくるかがよくわかるからだ。
作物は、魚は、肉は、工場で作られるんじゃない。
この時に優しくて時に厳しい自然の中で手間暇かけて作られたもの。
あるいはそこにむき出しの命として存在していたもの。
そういうことが説明されなくてもビシビシ伝わってくる。
作ってくれる人の愛情も、きちんと伝わる。
改めて、いただく命に感謝。
それは、絶対に忘れてはいけないこと。

7:55 日進駅出発

稚内駅まで乗り換えなしなので、これが今回の旅最後の汽車。
ちょっとぐっとくるものがある。
昨日宿のご主人が教えてくれたように、天塩川を見られる進行方向左側に座る。
08:06 智恵文駅
早くも駅の待合室が初見な雰囲気に!!

寒い土地だから待合室がないととてもとても大変なんだと思うけれど、
改めて汽車に乗る人は少ないのだろうなあと思う。
そういえば宿の近くの日進駅も、高校生は冬場でも自転車通学だから、
主に宿の利用者の人しか乗降客はいないと言っていたっけ。
08:52 音威子府駅着
今回の旅のルートを調べていた時、ん?聞いたことある名前だけど
なんでだろう?と思ったのが音威子府だった。

よくよく思い返してみたら、どうでしょうで北海道カントリーサインの旅
をした時に、猿払村まで向かう途中に出てきた地名だったのだ。
私の地理の知識は、本当にどうでしょうの旅ルートに準じている(笑)
それにしても音威子府、一回聞いたら忘れないいいお名前。
9:20 音威子府駅発
そういえば汽車にはこんなものもついている。
バスではないのです。
汽車なのです。

不思議に楽しいのです、こういうの。
さて汽車は天塩川沿いをひた走る。

10:30 幌延駅着

なんと、キャッチコピーは「トナカイの里、ほろのべ」。
日本でトナカイ飼えるんだ!!と大いに驚く。
幌延駅には、ちょっとゆるかわな仲間たちがいっぱい。

実に満足(笑)
11:00 豊富駅付近
有名なサロベツ原野のある駅。
あたりの景色は急に開けて、牧草地帯になる。
米の北限は士別、名寄のあたりで、それより北では牧草地で牛を育ててるのだ、
というのは宿の奥さん情報。

そういえば今朝飲んだ牛乳も、豊富産って書いてあったから
ここらへんの牛さんのだな。急に湧いてくる親近感!
11:36 抜海駅周辺
そして景色が急激に開ける!
久しぶりの海!

11:52 稚内駅着
人家が密集し始めたあたりを、しなやかに駆け抜けていったエゾシカに
すっかり目を奪われているうちに、終点稚内駅に到着。

函館から703.3km!!
あれ!?案外距離短い!?(笑)

それでも「日本最北端の駅」とはなんとも嬉しい響き。
「最」とつく場所に、旅好きはめっぽう弱いのだ。
他のお客さんは思いのほか地元の方ばかりだったようで、のんびり
写真を撮っているのは私だけ(笑)
大丈夫かと思って様子を見に来てくれたらしい駅員さんの姿に
ちょっとあわてて、改札を出た。
