雪がふる夜です。

 トーマがビルの屋上にいます。アキちゃんと出会ったあのビルです。
 トーマは、今年も目を覚ましました。そして、まっさきにここにきました。
 今日は手袋をしてきたのに、とても寒く、体はふるえています。

 トーマは、あの日のことを思い出していました。

 校長先生におねがいして、その子の家につれて行ってもらいました。
 死んだという「アキちゃん」があのアキちゃんだと信じたくなかったのです。
 家には、パトカーや救急車が止まっていておおさわぎでした。校長先生が、おまわりさんと話して、家の中に入ることができました。
 だれもいませんでした。両親は警察へ、「アキちゃん」は病院につれられたそうです。「アキちゃん」の写真はありませんでした。
 でも、見たことのあるくり色のコートを見つけました。それでも、アキちゃんが死んだなんて信じられませんでした。
 次の日がおそうしきでした。おかんに入った「アキちゃん」を見ました。あの子とそっくりでした。それでも、その子がアキちゃんだとは信じられませんでした。
トーマは、小学校から帰るとき、公園に寄るようにしました。
 花いっぱいの公園です。
 でも、花が見たいのではなかったのです。
 アキちゃんが来るのを待っていたのです。
 それは、お花がさいている間つづきました。
 でも、来ませんでした。
「やくそくって…やくそくだって言ったのにー!」
 トーマは、わんわんと泣き出しました。
 トーマは、ようやく信じたのでした。
 あの時死んだ「アキちゃん」。
 その子が、

 アキちゃん

 だと。

 そんなことを思い出したら、またなみだが出てきました。
「アキちゃん…なんで…やく…そく…やぶったんだよー…」
 とめどなくあふれるなみだ。何も見えないくらいです。
「なんでまたおきちゃったんだろう?かなしいよ…」
 そう思った時でした。

 ばん
 
 ドアの開く音がしました。
トーマはおどろきました。ふりかえりました。
 でも見えません。
「アキちゃん…?」
 でも、だれかいます。
 トーマはなみだをぬぐい、はしりだしました。
「アキちゃん、アキちゃんアキちゃん…」
 ひとかげの前に来ました。
「アキちゃん!」
「っだ、だれ?」
 ひとちがいでした。
 トーマの目には今ははっきり見えます。
 かみはアキちゃんのようなオレンジ色じゃないし、かたまでのびていません。
 コートも青色です。ひとみも黒いです。
 なにより、男の子です。
 トーマよりすこし小さい男の子でした。
 トーマは聞きました。
「君、どうしておきてるの…?」
 男の子はめをそらして、こたえませんでした。
「君こそどうして?」
 男の子がきいててきました。
「ぼく?ぼくは別に…」
 その時、トーマの頭にアキちゃんの言葉がうかびました。

「また冬が来たら、
こうして
いちにちでもいいから
おきて。
それでね、
わたしみたいにだれかをよんでる子がいると思うの。
そしたら、
会いに行ってあげて
会って
おはなしして、
あそんであげて。
その子はぜったいうれしいから」

「ぼくは…ぼくは…」

「やくそくよ、トーマ」

「やくそく…したから…」
 トーマは、初めてアキちゃんの言葉の意味を知りました。
 トーマの目に、また涙があふれました。

 うわぁーんぅ…。

 ねむれる町に、トーマの泣き声がひびきました。
 男の子は、おどおどして、トーマをなぐさめました。
「ねえ、なかないで…大丈夫だよ」
「わかった、わかったよ。アキちゃん…」
「どうしたの?」
「ありがとう…大丈夫…」
 トーマは、なみだをふいて男の子の目を見ました。
「ねえ、ぼくのうちに行こう。いっしょにあそぼう」
「へっ!?え!?でも……いいの?」
「うん。いいよ」
「…行く」
「ぼく、トーマ。君は?」
「ぼく、ユーキ」

(了)