「わたしたちだけおきてるってすてきだと思わない?」
「そうお?」
「生きてるってかんじがするの」
「どうして?」
「わたしだけがおきて、みんながねむっているのを見て、だからよ」
「そんなの、さびしいよ」
「さびしくない。たのしいわよ」
「じゃあ君は、春はきらいなの?」
 女の子は、そのしつもんには答えませんでした。
 手をはなして、おどって。
 それだけでした。
「ねえ。みんながおきているときって、自分が生きてなくてもいいって思ったことない?」
「えっ」
 トーマは思いました。
(どういうこと?
それに、
なんか…こわいよ…)
 女の子はつづけました。
「自分のかわりに生きている人がいて、みんなそれでまんぞくしてて、じゃあ、自分が生きてなくていい、って思わない?」
「そんなこと、かんがえたことないよ」
 女の子は、トーマの手をとり、まちはずれの丘をのぼりはじめました。
「今、すごいよね。星と月の光も、雪がおちるのも、みんなのねがおも、知ってるのはわたしたちだけ、あとはだあれも知らないのよ」
「それはそうだけど」
「だから好き。みんながねむる町を見下ろすの。こうやって」
 そこまで話したとき、丘のちょうじょうにつきました。
 そこで、
 
ふうわり

女の子は町にむかって手を広げました。

そして、

ぽん

女の子は手をとじました。
「みんなこんなに小さくて、かわいいものになっちゃうのよ」
 女の子は、トーマに向かってとじた手をひらいて見せました。
 赤らんだ手に、雪がひとつぶとけていて、きらり、光っていました。
 トーマも同じことをしてみました。

ふうわり ぽん

とじていく手の中に、まちがすっぽりおさまりました。

(あ)
 
トーマは、女の子の言ったことが分かった気がしました。
(おおきな町。
でも、ここから見ると、ぜんぶ手の中に入るほどちっちゃい。
みんなねむってて。だから、だれもこんなにきれいだってしらなくて、みんながちゃんとねてるってこともしらなくて、しってるのは、ぼくたちだけで…あれ?)

「どうしたの?」
 女の子が、トーマのかおをのぞいて、きいてきました。
「君の言うこと、なんとなくわかったよ」
「でしょ?」
 トーマは、女の子の手をにぎりました。
「うん。ぼく春になったら言いたい!みんなねてたけど、雪も、星も、月も、きれいだったよ、光ってたよ、って!
 それに、みんなちゃんとねてたよ、って!みんなしあわせそうに、ちゃんとねてたよ、ぼく見てたよ、って!」
 
 にっこり

「わっ!」
 女の子が笑い、トーマがおどろきました。
 本当に、「にっこり」と音がしたのかと思ったぐらい、大きく、明るくほほえんだのです。
「うん!うれしい!ありがとう!」
「そ、そう?」
 トーマはすっかりてれてしまって、ほほをぽりぽりとかきました。
「だめ!はなさないで」
「え?」
 とつぜん、女の子が泣きそうなかおになりました。
「おてて」
「え?あ、うん」
 トーマは、はなしていた手をもどしました。
 女の子にえがおがもどりました。
「ふふ。あったかぁい」
「あったかい?」
「うん。あったかい。あったかいの、好き」

 ぎゅっ

 手をつよくにぎりました。

 女の子も、トーマも。

 手の中にあせがにじんだころ、女の子が口をひらきました。
「ねえ、じゃあ、もう一つの気持ち、わかる?」
「もう一つ?」
「みんながおきてるとき、わたしがわざわざ生きてなくていいっていうきもち」
「ん……むずかしい」
「むずかしい?かんたんだよ。
 春は、お花?
 夏は、セミ?
 秋は、おちば?
 わたしのかわりにみんなが見て、みんなが知ってる。
 そういう時、思うの。
 わたし、生きてなくてもいいかな?って」
「それ、へんだよ!」
 トーマはさけびました。
 女の子は、おどろいたようで、まるくてかわいい目をさらにまるくしました。
「みんなが見てたって、自分で見なくちゃ!なんにもおもしろくないよ!
みんなが見てたら、ぼくも見たい!いっしょに見て、楽しいねっておはなししたいよ!
 ちがうの?」
 女の子は、こたえませんでした。
「みんなが見てるとかじゃなくって、ぜんぶ自分で見よ」
 女の子はうつむきました。
 泣いてるようです。
「どうして泣くの?ぼくのせい?」
 
 ぶんぶん

 女の子は、強く首をよこにふりました。

 きらりと光るものが、ちりました。
 それは、かみについた雪だったかもしれませんし、なみだだったかもしれません。
「ねえ、泣かないで」
 トーマは女の子のあたまをなでてあげました。
「ね。じゃあ春になったら、いっしょに、お花、見ようよ。ねえ、お名前は?」
「…アキ」
「アキちゃん。じゃあ、アキちゃん、いっしょにお花、見に行こう。ぜったい楽しいよ」
「…なんの…ぐすっ…花?」
「チューリップとか、サクラとか、公園にいっぱいさくよ、きっと」
「きっと?」
「うん、きっと」
「お名前は?あなたの」
「あ、トーマ。ぼく、トーマだよ」
 
 にっこり

 また、あの大きなえがおを見せました。涙はまだのこっていましたが。
(きっと、すぐになくなるね)
 トーマはそう思いました。
「じゃあ、トーマ!ほか行こ!好きなところがあるの!」
 げんきになったアキはトーマの手をひっぱって、丘をおりはじめました。

(つづく)