8月上旬の旅で呼和浩特市では王昭君の墓にも行きました。王昭君は前漢の
人で、当時北方の匈奴の侵入に悩んでいた前漢の皇帝が後宮の中から彼女を
匈奴の王(単于)に嫁がせ匈奴の和親を計りました。それから王昭君は国を救った
女性という評価がありますが、一説では鳥かごの中にいるような後宮に厭き厭き
して外の世界に出たくて、志願して匈奴に嫁ぎ伸び伸びと後生を楽しんだという
のもあります。
入口に入ると王昭君の立像があります。
そして立像から少し奥に行くと
嫁ぎ先の呼韓邪単于と馬を並べている像です。単于とは匈奴の王のことです。
そして王昭君のアップを
立像の顔と少し違うような気もしますが、どちらにしても「現代風」の美人に
なっています。ちなみに王昭君は中国4美人の一人ですが、残り3人は楊貴妃・
西施・貂蝉です。楊貴妃は有名なので皆さんよくご存じだと思いますが、実は
日本に逃れてきて日本で亡くなったという伝説があります。しかも私が知って
いるだけで3ヶ所一つは山口県長門市油谷の向津具(むかつく)の二尊院という
お寺、二つ目は熊本県天草に古い地名で楊貴妃というのがありこれが「楊貴妃
天草伝説」、三つ目は京都市の泉涌寺に楊貴妃観音堂があります。しかもこの
楊貴妃観音像を持ちこんだのは湛海律師という方だそうです。
西施は春秋時代の人であの「呉越同舟」の逸話に少し関わっています。越王
勾践が、呉王夫差に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施
がいたというのです。中国犬で有名なシーズーがいますが西施犬と書くと言う
説があります。貂蝉(ちょうせん)は小説の三国志演義に登場する架空の人物
です。
私は今回の旅で王昭君が現在の湖北省の人で都の長安に行きそこから更にモン
ゴルまで行ったという当時では一般的にあり得ない距離の場所で違うパターン
の生活をしたと言うのが驚きです。そして時代は全く違いますが屈原と同じ
出身地です。いつの時代でもバイタリティーのある人はカッコいいですね。
今日の1曲は坂庭 省悟で「花嫁 」です。