アスペルガーな息子の生きる道 -7ページ目

アスペルガーな息子の生きる道

息子の記録

吐き出さずにはいられない
アスペルガーな息子の母親の気持ちの整理のために書いてます

任意同行されたのは午前中

その日の午後警察署から連絡がきた

「逮捕されました」


そして私達は私選弁護人ではなく
国選弁護人をお願いすることにした



まず
私達は当番弁護士さんに接見をお願いした

当番弁護士さんは一度だけ接見に行ってくれる
当番弁護士さんをお願いし、決定すると連絡がくる
国選弁護人を選択した私達は
起訴されるまで弁護士がつかない


起訴されてから国選弁護人が決まり
弁護活動をしてくれる


起訴される前に逮捕された本人と接見するには
当番弁護士を頼るしかない


当番弁護士が決定し一度だけ接見に行ってくれる


確か当番弁護士をお願いしたのは
逮捕された翌日だったか当日だったかの記憶



逮捕されてからの数日の記憶は
怒涛の時間で
時間軸に沿っては思い出せない


当番弁護士が接見に行ってくれ連絡がきた


息子が逮捕されたのは冬
勾留されると許可されていない衣服は没収される
接見時寒そうだったので
私達が接見に行く時には衣服を差し入れしてやると良いと言われた
逮捕されすぐには私達は接見出来ないとも言われた
接見できるのは数日後
接見に行く際には警察署に連絡してから行くようにと

当番弁護士からの連絡を受けたのは
私が仕事中だった
私の携帯に連絡をくれるようお願いしていた
携帯がなり私はトイレへ走った
あまりの事実に現実として受け入れられなかったが平静を装わなければならなかった



そして、逮捕された内容の詳細を聞かされた



泣き崩れたい気持ちを押し殺しその後も仕事を続けた



私には守らなけらばいけない人がいた
それは



娘のために私は日常をこなさなければならなかった



私と夫は
逮捕された息子の親だ

世間から非難されても
職を失うとしても
それだけの責任がある


しかし
妹である娘には
どれだけの責任があるのだろう


まだ高校生の娘



兄が逮捕された
その事実で娘はどれだけの責任が問われるのだろうか




娘を守る



その時の私と夫には
逮捕された息子にしてやれることは限られている
娘は何がなんでも全力で守らなければならないと思っていた