千之助は不器用な生き方しかできませんでした。

愛想のひとつも振るわけでもなく、

会社に媚びることもなく、

喜劇に自らのすべてを捧げ、ただただ純粋に舞台上でお客さんを喜ばせることだけを考えてきました。

千之助が今まで出会った悲しみをすべて抱え、引き連れても押し潰されずに人生を歩んでこれたのは、

いつも隣に芝居がいたからです。

孤独を孤独と思わずに生きてこれたのは、

いつも隣に芝居がいてくれたからです。

そして、

家族どころか、友人さえも作らず、

媚びず、巻かれず、わき目も振らず、怠けずにいたのは

嫉妬深くて、お天気屋さんで、浮気性で、でも何よりも魅力的なその＂芝居＂というヤツをいつか振り向かせようと、出逢ってから毎日毎日、アタックし続けていたからです。

私はそう考え、今までずっとずっと演じてきました。

老いによるものなのか、病なのか。

お客さんに見せられる芸ができなくなった。

そんな千之助が、一平家の縁側でひとり飲み、

万太郎の言葉を思い出し

「邪魔くさいのぅ、、、」と呟いたのは、

もし千之助の喋りがなければ、

あの万太郎の最期の芝居は一切お客さんに伝わらず、

ひとつの笑いも起きることはありませんでした。

その、

「わしに助けてもろた身でどの口が言うてんねん」

という万太郎に対しての苛立ちと、

不器用なせいで、

そうやって助けてくれる存在がいない自分に。

そして、

そうやって助けがないと芝居が出来ないような＂賞味期限切れ＂の状態で舞台に立つことなんて考えられない、という、＂融通がきかない＂自分に対しての苛立ち

であります。

私はそう考え演じました。

万太郎のような生き方の方が周りも、

そして自分自身も楽になるのはわかっています。

でも、例えていうなら、

今まで生で出していた食材を、鮮度が落ちたからと

フライにしてお客さんに出すことは、

今まで、鮮度抜群で生食用の食材を＂あえて＂フライにして出していた千之助という役者の矜持に反します。

例えそれをお客さんが受け入れてくれようが、

それをお客さんに出すこと自体が、

お客さんに失礼だと。

そして、その自分の考えをブレさすと

愛する＂芝居＂を口説き落とせない、と。

この考えが万太郎と千之助の大きな違いで、

いつの時代も、雇い主にとってこだわり過ぎる職人は面倒くさいのでしょう、大山社長があからさまに万太郎を推し、千之助を毛嫌いし続けた理由です。

私はそう思います。

千代はお月さんのような存在だと、

かつて千之助はテルヲに語りました。自分がギラギラと輝くのではなく、相手の良さを引き出す役者だと。

実は千之助もそうなのです。

だからあの時、

「地味な役回りで、評価はされにくいけどな、月は太陽よりも才能が無いとできへん役割や。アンタの娘はわしと同じもん持っとる。せやから絶対心配ない！」

そういう気持ちで私は演じました。

そして、その＂お月さん役者＂としての技の集大成、その生き様を万太郎の最期の舞台で客席の千代に

余すこと無く伝え切った。

だから千之助は、思いつきじゃなく、確信を持って自分の役を千代にやらせることにした。

私はそう考え演じました。

一平が手直しした台本を持った瞬間に、その思いの重さを感じ、そこに一平の目と返事で確信し、千之助は了承した。そう考え、私は一枚もページをめくることはしませんでした。

そしてこの瞬間に、

すべてを終えることに決めたのです。

若い世代のためじゃありません。

お客さんのため、大阪喜劇のためです。

一平が千之助のものを手直しをして、最高の台本という＂お品書き＂を作ってきた。

だからこそ、

須賀廼家千之助という、鮮度が落ちた食材が入っている、鶴亀新喜劇という新発売の＂幕の内弁当＂をお客さんに食べさせる訳にはいかない。

だから、千之助は自らを＂破棄＂し、

その場所に千代を入れた、私はそう考えました。

ずっとずっと、長年、振り向かそうと必死で千之助が口説き続けてきた＂芝居＂。

ふと気付けば老け込み、もう芝居を口説き落とせるような＂武器＂を失いつつある、とハッキリと自覚した。

これ以上付き纏って、ずっとずっと焦がれ、心底愛する＂芝居＂を困らせたり、悲しませたくない。

そして何より、＂芝居＂に嫌われたくない。

嫌われる前に、自分から離れる。

そういう思いからの苦渋の決断だと、私は考え演じていました。

冒頭に書いたように、千之助が生きてこれたのは、

芝居のおかげでした。

そこから離れた千之助に残るのは、

抱え、背負い、引き連れてきたたくさんの悲しみと、

果てしなく深い孤独です。

年老いた千之助に、ひとりでそれに対峙するものは

もう何も残っていません。

そして、芝居から離れ、鮮度が落ち、朽ち果てていないく様を、人の眼に晒して生きていける＂強さ＂もありません。

今まで一度も行くことのなかった「岡福」でひとり呑みに行ったのも、シズはん、宗助はん、みつえ、一福、そして、ハナはん。菊はん、福松はん。福助との

思い出を懐かしみ、別れの挨拶まわりのつもりだと、

私はそう考えていました。

そこに台本についての疑問をぶつけに千代が来た時の千之助の喋りのテンポと間はまったく老いを感じさせず、軽快です。

これは、

もう二度と一緒に芝居をすることができない千代との最期の＂にわか芝居＂を、あの座敷を舞台に、岡福のみんなと食事客をお客さんにして、全身全霊で楽しむ様を表現したかったからです。

私はそう考え、演じました。

（実際、私の撮影のラストシーンはこのシーンでした。千代との２人での掛け合いは２回しかないのですが１回目の「水月」が花ちゃんとの初絡み。

そして今回。千代との掛け合いでクランクアップするのも感慨深かったし、花ちゃんとはアドリブのやり合いで始まって、アドリブのやり合いで終わるというのもなんか面白い😁　カットがかかるとお別れだとわかっていたので必死で言葉を紡いだのを覚えてます）

最後のシーン。

衣装部さんとディレクターに、千之助の登場の頃の若き千之助の＂傾いた（かぶいた）＂衣装で去りたい、と相談しました。千之助にとって最も千之助らしい服を着て幕を引く、いわば＂死装束＂を着たい、と。

千之助が客席ではなく、舞台の方を向いて深々とお辞儀をしたのは、出逢ってからずっとそばにいてくれて、でも毎日口説いても最後まで振り向いてくれなかった、愛する＂芝居＂へのお礼とお別れを私は表現したかったからです。

「今までおおきに」、「さよなら」と。

そして、台本にはありませんでしたが、

一平に最初で最後の「天海」と呼びかけることを

私は付け足しました。

これからの大阪喜劇界を背負ってゆく一平への

最大の敬意を表したかったからです。

そして、放送ではカットされていましたが、

デコピンの前に、最後にあそこにいた全員と、ひとりひとり順番にきちんと目を合わせました。

今まで千之助は、万太郎でも百久利でも福助でも、

別れの時には非情な態度をしてきました。

でも今回は、見事な初日をみせた座員たちを

ひとりひとり、千之助な最大の愛情表現であるデコピンで褒めることに私はしました。

今回は今までのように、相手がこの世から去る別れではなく、自分がこの世から去る別れだからです。

私はそう考え、そうしました。

もしかしたら、あのデコピンで一平だけは、

千之助が死ぬつもりであることは

わかったかもしれません。

ーーーあのあと、劇場を出た千之助は、そのままもう自分の居場所が無くなった道頓堀を出るために歩いていきます。すれ違う道頓堀の人たちがいつものように口々に「あ、千さん！」「ええ服着てどこ行きますのや！」と笑顔で声をかけてくれます。

子供が寄ってきても少し笑顔で頭を撫でるくらいです。いつものように無愛想な千之助。

その千之助のいつもと変わらぬ態度に道頓堀の人たちは何も気にとめません。

漂う食べ物屋の匂い。通りの喧騒。

千之助は目、鼻、耳、全身で

道頓堀を味わいながらひたすら歩きます。

ーーーそして大阪を出て、どこまで遠くにきたのか。

今まで出会った悲しみを抱え、背負い、引き連れたまま、ひと気のない寂しい場所で、誰にも気づかれずに千之助はひっそり自らの手で「須賀廼家千之助泣き笑い人生」の幕を下ろした、そう私は考え演じきりました。

ちなみに、最後の立ち去りながら鼻唄を唄ったのは、

いつぞや一平が千代に言った

「悲しいから鼻唄を歌うんや」のオマージュです。

曲も同じ「道頓堀行進曲」にしました。

もしかしたら、父亡き後に千之助が、

「悲しい時には鼻唄を歌うんや。そしたらちょっとは悲しいなくなる」と、

幼い一平に教えたのではないかと、私は考えたのです。

それは、孤独で寂しく悲しみで苦しい人生を歩んできた千之助自身の、ささやかなおまじないだったのだと私はそう考え、最期にそうしました。

以上です。

視聴者の皆さん、今まで長い間、お付き合いありがとうございました。千之助はもう二度と皆様の前に現れることはございませんが、これからも亡き千之助の代わりに、どうか千代や一平たちを厳しく＂見張って＂いてください。

杉咲花座長のもと、素晴らしいスタッフ、キャストと視聴者のみなさんの前で千之助を演じれたことを

とても幸せに思いますし、感謝しますし、誇りに思います💐

　　　　　　　須賀廼家千之助

　　　　　　　星田英利

あんたらとは…もうちょっと一緒に芝居したかったわ、、、