終戦といっても、

戦争は一度始めると、終わりなんかありません。

消えた＂なんもかも＂は未来永劫戻ることはありませんし、

遺された＂なんもかも"の悲しみや心の傷は未来永劫消えることはなく、死ぬまで苦しみ続けます。

戦争はいちど始めると、

終わりなんかありません。

描かれていませんが、千之助の唯一の心の拠り所だった居酒屋「水月」も跡形もなく消え去りました。

きっと大空襲でやられ、女将も大将も帰らぬ人となったでしょう。

これで、とうとう千之助の＂居場所＂も＂心許せる人＂も無くなってしまいました。これは千之助という人間に決定的な打撃を与えたと、私は思います。

家庭劇の座員たちに心を許しているといっても、あくまで家庭劇は＂仕事場＂ですから。

座員たちが一平の電報で呼び戻され集まったシーンですが、リハーサル日に通した時、

千代が不安げに「…小山田さんは？」と訊いた後に

台本にはありませんでしたが、「ああ、死んだわ」という千之助のセリフを入れたい、と演出と演者に言いました。

戦争で菊はんが死に、福松はんが死に、福助が死に、水月の女将が死に、大将が死に、百久利が死に、、、そして描かれていませんが、あの場にいた座員それぞれみんなの親兄弟、親戚、身内にも戦死者がいるでしょう。

千代と一平を待ってるあいだ、皆で情報交換が行われ、ルリ子と小山田の近況に安堵し、亡くなった者に涙したでしょう。

千之助自身も含め、みんな裂けた心の傷が癒えるどころか、よりいっそう裂け、今現在も激しく出血し、激しく痛み続けているからこそ、だからこそ、

千之助に縁起でもない＂悪質な＂冗談を言わせたかったのです。

なぜか。

簡単です。

皆、喜劇役者だからです。

そしてこれからも喜劇役者として生きていくしかないからです。

喜劇役者は、どんな辛いことがあっても舞台に立てばお客さんを喜ばせなければならない。戦争のせいで

そんな気構えまでも消し去られそうになっている自分と座員たちに、今一度、覚悟を確かめ合うための「死んだわ」だと私は考えたのです。

愛国モノの芝居をして煽って、

直接的じゃなくとも数多の若者を戦場に送り、

命を奪った表現者として、

逃げ出そうと思うな、と。

逃げ出せると思うな、と。

戦場に若者を送ったを＂人でなし＂が、

一丁前に＂人間のふりして＂悲しむな、と。

だから、千之助は百久利の話になった時には

「おう、あのアホ、さんざメシ奢ったったのに、

返さんとあの世に逃げやがってよう」

とでも返しているんだと私は思います。

役者は物理的な生産はできません。

観客のペコペコのお腹を、笑いでお腹いっぱいにするか、お腹の代わりに感動で胸をいっぱいにすることしかできません。

戦争は地上から人、物、ありとあらゆるものを奪っていき、家庭劇の衣装やかつらも燃えてしまいました。だから、千之助もマットンを演じるために、国民服の上に千代の割烹着を着て、荒縄をほぐした紐でうしろを縛った簡素なものです。

もちろん地元、道頓堀の人々への感謝と励ましという意図もあるでしょうが、千代の頼みでみつえを元気付けるために息子の一福を芝居に出す。ズブの素人を芝居のキャストに加えるわけですから、劇団としてもちろんお客さんからはお代は頂けません。だからの無料公演です。

そして、無料だから、ということではありませんが、

千之助は初演の時よりも、マットンを＂軽く＂というか、＂薄く＂演じました。

なぜか。

あの観客の中には、みつえたちと同じく戦争で身内を亡くしてまだ立ち直れていない方がたくさんいると思います。

みんなみんな戦争という狂気に脅され悲しまされ、泣かされ続けてきただろうと。

戦時中、そんな涙を嫌というほど見てきたであろう千之助なら、この芝居においての比重は圧倒的に＂泣き＂よりも＂笑い＂に置くだろうと私は考えました。

みつえと同じように、戦争て疲弊し戦火に焼き出され大切なものを奪われた道頓堀の人たちを元気付けたい。

だから私は、マットンが担う＂泣き＂の部分のセリフや演技を、千之助が手を抜いているとお客さんに勘違いされない範囲でできるだけ軽く薄く演じて、代わりに笑いの部分を考えて増やしました。

いつもの「喜劇・マットン婆さん」じゃなく、

もっともっとくだけた

「コメディー・マットン　〜道頓堀を笑わせろ！〜」

という感じですかね。

「ーーーカラダ目当てです」や、

３人の「マットンが、マットンが、マットンが」

のくだり、

「いくつで産んだんや？」「１０６（歳）」、

そして一福がマットンのセリフを取って「あんさん」

と言う＂大オチ＂

という、マットンらしくない＂下ネタ＂をはじめ、

わかりやすい＂ベタ＂、辻褄が合わない＂ナンセンス＂と、いろんな方向の笑いに私はしました。

それは小さな子どもたちから老人まであの客席の老若男女、全員を笑顔にさせるためです。

戦争が泣かせた人たちを、一人残らず笑顔にする。

戦争が人々にしたことをオセロのように全部全部ひっくり返す。

それが喜劇役者としての矜持だと、

千之助ならきっとそう考える、と私は思ったからです。

そして、芝居の大オチはやっぱり一福に決めて欲しかったのです。

みつえのための＂特別公演＂ですからね👍

われわれ家庭劇は地方へ旅立ちますが、

みつえは商売に忙しいと薄情にも見送りにも来やがりませんでした。😁

塞ぎ込んでいたみつえが生き生きと水とんを売る姿、

福助もあの世で安心したでしょう。

芝居本番で一福が吹いた福助から受け継がれたトランペットの音色が、軍隊の＂起床ラッパ＂のようにみつえの目を覚まし、＂進軍ラッパ＂となって勇気を煽り、子を守り育てる強い母として、人生という戦場へ送り出したのかなと、私はそう思います。

ーーー　さて、来週は第１９週。

喜劇役者として人生という戦地を生き抜いてきたわが千之助にも、抗えない老いの影が。

そろそろ、皆様ともお別れです。

ちなみに、芝居をした福富の跡地の露天では、

カエルの串焼きを売ってました。もちろん本物（食用のカエルですが）。客席でいっさい口にしないエキストラさんや、美味しい美味しいと何匹も食べるエキストラさんもいる中、一福はずーっと食べてみたい食べてみたいと言ってました。笑

あと、シズはんが家庭劇を見送るシーン。

旅立つわれわれの背中に向けて切り火をするシーン。

最後尾の千之助が藤山寛美さんオマージュのアドリブで「熱っ！」とやったのですが、残念ながら放送ではカットでした。

そして家庭劇が道頓堀を旅立つシーン。

真夏の設定ですが、真冬のロケで雪が積もってました。本当に極寒の中、エキストラの方々も頑張ってくれましたが、なんといっても一番の薄着はペラッペラの半袖の香里。わざと「優しい漆原が歩きながら香里を扇子かなんかであおいでやる、って芝居どう？」と提案したら、本気で却下されました😁

焼け跡のマットン