最初に。添削もなにもせずに記憶のまま書きます。誤字脱字、段落、読みにくいことだらけとは思いますが、お許しください。
「もしもし、ほっしゃん。さんの携帯ですか?」
十数年前の夜、都内で移動中の僕の携帯が鳴りました。今でも、見知らぬ番号からの電話には出ることはありません。
が、着信音に気を遣ったのか、運転手さんがラジオのボリュームを絞りはったので、なんとなく、仕方なしに出ることにしました。
「もしもし」と、訝しがりながら出ると、おっさんの声で冒頭の言葉が聞こえてきました。
聞き覚えのないおっさんの声は今にも泣き出しそうに聞こえました。
警戒を一層強めながら、僕は「どちら様ですか?」と訊き返しました。
「ニシダと申します」
脳内に検索をかけた結果、人付き合いが苦手な僕の数少ない知り合いに、該当する人物はいませんでした。
「誰ですかあんた?」
イタズラ電話だ、と、断定した僕は、不快感を隠すことなく言いました。
「ニシダです」
「ごめんやけど知らんわ。なんで泣いてんねん、切るで!」
そう言い放った時です。
「ニシダトシユキです」
ニシダトシユキ?……ニシダトシユキ…西田敏行…西田敏行?西田敏行?
脳内検索にヒットしたのは、誰もが知る、超大物俳優の顔です。
が、僕は共演どころか、お会いしたことも、スタジオですれ違ったことすらありません。
そんな僕の脳内検索に、もう一人の人物がヒットしました。松村邦洋さんです。
松村さんのイタズラだと確信した僕は、笑いながら言いました。
「松村さんですか?」
「いや、西田敏行です」
おっさんにも少し笑いが混ざりました。
「もーいいですってー 笑 ご無沙汰しております!松村さん、これ誰の携帯ですかー?」
「いや、”本物の”西田敏行です」
「僕、西田さんとお会いしたことないですから。知らんから、泣いてるみたいに聞こえましたよ 笑」
そうです。西田敏行さんという人物がまったく脳裏に浮かばなかった僕には、お馴染みのあの口調とトーンが、”今にも泣き出しそうなおっさん”に聞こえたのです。
「○○さんに連絡先を訊いて、電話しました」
出された俳優さんの名前は、僕の数少ない友人の一人でしたので、電話の相手は松村さんではなく、本物の西田敏行さんだと認識するのに、充分でした。
僕の頭は真っ白になり、高速道路の継ぎ目を走ってる時のように、心臓がドコドコドコドコ——と、響き出しました。
「えっ?あっ、すみません!…えっ?西田…さんですか?」
「初めまして、西田です」
「あっ、おはようございます!ほっしゃん。です!初めまして、ほっしゃん。です!あ、あの、どうしたん……いや、なんで……あの……」
電話の意図が理解できず、不安でこちらが本物の泣き声になりました。すると西田さんは、あの心に溶け入るような声でおっしゃりました。
「朝ドラ見てて、ほっしゃん。のお芝居が、ほんっとに素晴らしいから、電話したのよ」
湧き上がる大きな感激を受け止める間もなく、続けざまに聞こえてきた西田さんの言葉が、僕の鼓膜と心を震わせました。
「お友達になってくれないかなー、って」
有り余る光栄に、絶句しました。言うまでもなく、答えはYESなのですが、失礼のないように、どう返事していいのかわからず、ただただ、必死にYESの気持ちを、詰まる言葉で伝えました。
数日後。指定された時間より少し早く、指定されたお鮨屋さんに足を運ぶと、すでにその方がいらっしゃいました。
「ああ、ほっしゃん。!ここ、ここ」
カウンターから手を上げる西田さん。その下には、初めましてですが、初めてじゃない、何度も画面で見慣れたあの笑顔がありました。
挨拶と握手をした後、カウンターの中の大将にも僕を紹介してくれました。
「ほっしゃん。ボクの友達。お笑いも面白いけど、ほんといいお芝居するのよ〜」
そして、思い出したように、あ、あのネタ面白いね、女の人の、、、と、おっしゃると、なんと、当時、芸人だった僕の居酒屋設定の一人コントをつらつらと、演ってくれたのです。
ネタを知ってくださっている、という喜びよりも、当然ですが、西田さんの演技力のせいで、僕が目指していたそのネタの圧倒的な完成度に、落ち込んだ記憶があります。
美味しいお酒とお鮨をいただきながら、僕は言いました。
「お会いしたことが無いのに、急にお電話いただいてほんと、びっくりしました。こんなことってあるんですね」
すると西田さんは、
「見て、いいな、っと思ったら、いろんなツテを頼って連絡先調べて、連絡するの」
わざわざですか?と驚くと、
「だって誰かが見てくれてて、きちんと評価されてる、って知ったら嬉しいでしょ」
それからずっとこの言葉は、僕の希望であり、また、逆に、演じることの覚悟を思い知らせてくれる大切な礎になっています。
その後、もう一件、と誘っていただいて、あてもなく移動しました。
西田さんと二人きりで夜の街を並んで歩いていることの不思議さと、喜びは美味しいお酒が沁みた脳でもはっきりと感じられました。
するといきなり、西田さんは何も言わずに、小さなスナックに入ろうとなさりました。
渋い、というか、お店には失礼ですが、”場末”というのがピッタリくる店構えでした。
ドアに手を掛けられた瞬間、思わず、あ、西田さん!ここ行きはったことあるんですか?と、心配のあまり、引き止めるように声を掛けました。
すると西田さんは、
「ううん、初めて」と言いながら、もうドアを開けていたのです。
入ると、5席ぐらいのカウンターの奥に小さなボックス席があり、カウンターとその向こうには、西田さんを見たお客さんと店のママさんたちの驚いた顔がありました。
「そう、西田敏行でーす。本物でーす。お邪魔していいですかー」
緊張した空気をほぐすように、西田さんの満面の笑みと、物腰の柔らかなあの声が響きました。 が、店内の無言のパニックは解けることなく、お客さんの歌声が止んだまま、カラオケの伴奏だけが流れていました。
それでも、西田さんは、まるで常連さんのようにフレンドリーで、その店の緊張をあっという間に解きはりました。ほんとうに、驚くほど、あっという間でした。
お酒も入って、「西田さんの声と喋り方って、西田さんと知らないで聞いたら、ほんと泣きそうなおっさんですよ」
と失礼なことを言ったら、そんなことないでしょ!とおっしゃる西田さん。
「いや、ほんまです。じゃあ、目をつぶりますから、喋ってみてくださいよー」
「わかった……じゃあ話すよ」
目をつぶると、わざと泣きの芝居で話し出した西田さん。
「いや、泣いてたら検証できませんやん!笑」
と突っ込んだら、
「だって、だって、ほっしゃん。がこんな酷いこと言うんだもん」と大泣きの芝居をして笑わせる西田さん。
そのうち西田さんのご息女も合流なされ、楽しい時間はあっという間に過ぎました。帰り間際、
「もう帰るので、最後に」
と、西田さんがマイクを持たれ、なんと、”もしもピアノが弾けたなら”をリクエストなされました。
実は、入店した時に、カウンターにいたお客さんが西田さんに、この歌を唄ってくれ、と失礼なリクエストをして、僕を始め、店全体から強く嗜められていたのです。
驚きの中、唄い上げる西田さん。観客は、ママ、チーママ、マスター、お客さん二人、そして、西田さんのご息女と僕の、わずか七人。
生で響く情緒深い唄声に、その失礼な酔客はもちろん、店のママ、チーママ、マスター、店中が号泣していました。
唄声といえば、西田さんが競馬の日本ダービーで国歌独唱をなされた日の夜、居酒屋にお誘いいただきました。
その時も生で国歌を唄ってくださって、老若男女、店中が割れんばかりの拍手に包まれたのを覚えています。
ここまで、偉そうに書き綴りましたが、僕が西田さんとお会いできたのは数回です。
「いつか(お芝居で)やり合いたいね」
そのお言葉を、実現できなかった自分への情け無さが身に沁み、決して抜けることのない悔いが残ります。
ただ、お会いした数回でも、「お友達になってくれないかなー」の言葉どおり、ふざけて、笑って、紛れもなく、友達のように接していただいた想い出を忘れたくなくて記しました。
決して忘れることなく、忘れるはずもないんですが。
西田さん、お疲れ様でございました。本当にお世話になりました。
訃報を聞いた時、本当にびっくりして、何が何やらわかりませんでした。寂しいです。悔しいです。でも、こればっかりは仕方がないことなんですね。
頑張ります。また、見ていてください。
西田さんが掛けてくださった様々な言葉たちを胸に、今後も精進してまいります。
あ、訃報を聞いた次の日、十数年ぶりにあの汚ったない 笑 スナックに行きました。まだ残っていた西田さんのボトルと一緒に飲みました。店のママさんも泣いていました。
西田さん、本当に本当にありがとうございました。合掌。
