春馬さんが2020年4月26日にインスタに歌をUPしておりました
そのころ、芸能人たちの間で「うたつなぎ」というバトンを繋いでいたようで
そのバトンの中で苺のあまおうを食すことも含まれていました
春馬さんが、あまおうを買いに行ったがとちおとめしか無かった、
「見た目は似ているがとちおとめをあまおうということは
できない」と言っていたことで
パっと見日本人に見える在日外国人、あるいは反日教育をされた
日本国籍をもつ在日〇世と純日本人の違いを揶揄していたのではないか、と
言われています
そして、とちおとめだと言っている春馬さんの持っている苺が
実はあまおうだという指摘もありました
あまおうだとしたら、なんらかのメッセージを含んでいるのでしょう…
そんななか、なぜゆずのからっぽという曲を選んだのか気になっていました
春馬さんはゆずファンで知られているようですが、なぜからっぽを選曲したのか
答えは、カポとして使っている箸にあるのではないでしょうか
ギターのネックにつける道具の代用として箸を使っています
箸を使うことじたいは、そんなにめずらしいことではないようですが
大抵割りばしを使います
弦をしっかりと抑え込むことを目的としていますから
割っていない、多少幅のある割りばしをくくるのです
そこをあえて分かれている2本の箸をくくりつけています
2本=日本、分かれている箸をぴったりとつけていること
に注目してほしいのではないでしょうか
カポとからっぽ 言葉が似ています
歌詞ではなくカポにメッセージがあると私は感じました
日本を愛し靖国神社を参拝していた春馬さん
1月29日には
「明るみになる事が清いのか、明るみにならない事が清いのか…どの業界、職種でも、叩くだけ叩き、本人達の気力を奪っていく。皆んなが間違いを犯さない訳じゃないと思う。 国力を高めるために、少しだけ戒める為に憤りだけじゃなく、立ち直る言葉を国民全員で紡ぎ出せないのか…」とツイートしました
とても勇気がいったと思います
メディアの傾向報道、メディアが報道しないこと、事実が隠蔽され
権力者(あるいは外国勢)に都合のいいことばかりが報道されていること
報道を鵜呑みにする国民、正義感を盾にし
実はストレスを発散するために言葉の暴力をふるってる人が多すぎること
日本人が日本人をいじめている場合ではない
国民全員で力を合わせ、中抜きされている仕組みを
変えていかねばならない
そんなメッセージがあると、私は感じました
政治、大事です
行動、大事です
無関心であることは、将来自分に理不尽な形となって返ってきます
春馬さんが亡くなってそれを実感しています