こんにちは、人生再創造中のともです。👋

今回は、前回の続き。

 

私の人生をゆるりと書いてみる第3弾 

挑戦からの挫折、そして新たな道へ【中編】

 

心と体がもう無理だと教えてくれた日 です。

 

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体調に違和感を感じながらも、
「頑張らなきゃ」と勉強を続けていた中で、
ついに、心と体が限界を迎えました。

 

高熱が続き、検査の結果、

伝染性単核球症と診断されました。

 

通常、大きな症状が出にくいウイルスだそうですが、
当時の私はストレスで免疫が著しく落ちていたようです。

 

最初は別の病気と診断され、
処方された抗生物質が薬合わず、
強い副作用やアレルギー反応が出てしまい、
結果、入院することになりました病院

 

そのタイミングが、
2回目の4年生の前期テスト期間ど真ん中

 

学校の配慮で、
再試験期間に受けられることにはなりましたが、
ギリギリで踏ん張ってきた私にとって

再試験が実質1回目になる状況は、
かなり厳しいものでした驚き

 

 

症状が落ち着いた直後に試験を受け、
結果は——

 

 

あと、数点足りなかった

 

 

全く歯が立たない結果だったら、
「もう無理だ」と潔く諦めがついたかもしれません。

 

けれど、あと数点。という結果は
余計に私の心に悔いを残しました。

 

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そして結果発表後、知ったこと。

 

同じ学年は、2回以上できない。

 

2回目の4年生で単位を落とした

同じ学年は2回以上できない

私はもうこの学校では前に進めない

 

 

その後の道として、提示された主な選択肢は4つ。

1️⃣ 別の大学へ編入
2️⃣ 同じ大学の別学科へ転部
3️⃣ 退学して就職
4️⃣ 退学して別の分野を学ぶ

 

私は頭が真っ白になっていて
どれも現実的には思えませんでした。

 

小学生の頃から、

薬剤師への道一本で進んできた私は

「人生、詰んだ」
「もう終わった」

本気でそう感じていました。

 

後悔。
将来への不安。
やり場のない悲しみ・怒り。

 

感情はぐちゃぐちゃで、
どうしていいのか分かりませんでした。

 

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テスト結果を家族に伝える電話は、
不安と恐怖と申し訳なさで、
声が震えていたのを覚えています。

 

怒られる。
否定される。
責められる。

 

そう覚悟していたのに、
家族は、怒らず、何も責めませんでした。

 

ただ受け入れてくれて、
地元に帰る準備や片付けまで
一緒に手伝ってくれました。

 

あの時結果ではなく、

存在を受け入れてもらえたことが、
その後の私を何度も救ってくれています。

 

本当に感謝しています。

 

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今の私から振り返ると、
この出来事は見えない世界からの

「強制終了」や「軌道修正」

かかったタイミングだったのかもしれない、
と思うことがあります。

 

「あなたは、こっちの道じゃないよ」
そんなメッセージだったのかも。

 

もちろん、当時の私は

そんなふうに思える余裕はなく、
見えていたのはただの絶望だけでした。

 

でも今は、こう思えます。

 

この人生の分岐点があったからこそ、
今の自分につながっているんだ
と。

 

この経験は、
私にとって「糧」になりました。

 

けれど同時に、つい最近まで
罪悪感や負い目として
心の奥に残り続けていたものでもあります。

 

その感情をどう手放し、
どう自分を整えていったのか。


その話は、また別の機会に書こうと思います。

 

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次回【後編】

「人生、詰んだ。終わりだ。」

そう思っていた場所から、
新しい道へとつながっていった話。

 

あの時は終わりだと思っていたけれど、
実はそこが、
“本当の自分に戻る入り口”だったのかも。

 

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このブログは正解を教えるためでも、

成功を見せるためでもなく、

迷い、悩み、時には間違いながらも

一歩ずつ進もうとしている私の「成長の記録」です。

 

完璧じゃなくても、

人生は良い方向に動かせる!

 

そんなメッセージを

実体験を通して残していきたいと思っています。

 

肩を並べて一緒に歩くブログとして

この場所が私にとっても、読んでくれる方々にとっても

安心して立ち止まれる場所になったらうれしいです。