何処にも存在がしていないような気がしている。
わたしは自身のことをそう思います。
これはどういった感情なのか、はっきりわかりません。
ここにいるのだけどここにいないような感覚。
いつもいる場所でそう思ってしまいます。
部屋にいる時が特にそう思います。
ここは何処なのだろう。世界の何処にいるのだろう。果たして私は存在がするのだろうか。
今は一体何なのだろう。
全てなんなのだろう。
私を想ってくれている人はいるのだろうか。
私は今何を考えているのだろうか。
なぜ今があるのか、 この不安は何なのだろう。
ずっと付き纏う不安感。 消えない喪失感。
そのようなことをよく、ふと考えています。
こう言った感情を持ち続けながら生きているのがどうも嫌になることがあります。
起きてからも寝るまでもこんな感情を常に持ちながら生きているということが、辛くなっています。
こんな感情を持ってながら働いていることが少しばかり辛いです。
病気ではないと思っています。ただ疑問で、この感情をどう対処したらいいのか、わからずにいます。
対処しきれない部分かと思います。
この気持ちはいつか消えてくれるのだろうか。
それが消えないなら私自身がいなくなったほうが早いのではないかと。そんな風に思ったり。
でもそんなことをずっと考えていては仕方がないのです。
呆然とある不安は消し去りたいのだけど、何をしても億劫になり、嫌なことだらけで楽しみがありません。
なにか楽しいことをしようとしても、そういった感情で気が向かなかったり、趣味が特に無かったりで、楽しい事を見つけられずにいます。
普段なにかをずっと押し殺して生きているような感覚でいるため、何をしていても気持ちが高ぶらなくなり、ずっと平然と何もしていないことがあります。
何もしていないことは少し楽しいのです。
深く考えたりとかして、色々な事を想像しているのが、きっと,楽しいのかもしれません。
趣味を見つけたいという意思はあります。
無趣味なのです。
刺激的なことがしたいと常に思っています。
しかしこの世界には刺激的なことがあまり有りません。
何をしても満足が出来ないし、全てくだらない、つまらないと不満ばかりよくないです。
よくないことが募りまくり、何もしたくないということに至りました。
部屋でじっくりと、自分の世界と向き合いたい。
そんな風に思っています。
対話して、自分一人が自分とお話をしていれればそれでいいのかもしれません。
誰かと話したくなるときが凄く多いです。
でもそれも満足ができません。
くだらない話はしたくないのです。
人から離れたりしてしまうものです。
私に満足できるものが特にあまりないです。
仕方のないことでとても悲しいです。
なので視野を広げてみたいです。
読書や映画、植物を育てたりと、気のいくままに
なにか始めたいです。
読書をしていても、内容が入ってこない時もあります。
映画を見ていてもなにかグッと来るものがあまり無く、ぼーっと見ていることが多いです。
悲しみに満ちているのでしょうか。
心のいくままに遊びたい。そう思います。
外へ遊びに行きたいです。
でもなかなか行かれないです、
友達も少ないですし、恋人も全くいません。
確かに私という存在を認められたいと思っています。
隠れて生きているのは心地いいですが、たまには殻から出たいです。
心が開放的になればいいのに。どうしても無理な話です。
心を開きたいです。
閉ざした心は開くことはありません。
一人暗闇にずっといるような感覚が取れず、
どこかに彷徨っている。
誰にも頼ることが出来ない私は自分一人が味方であり、自分を信じたいと思っています。
必ず未来は開ける。
自分のペースでゆっくり気ままにいきたいです。
悲しみに目を向けると辛いので、笑顔でいたいです。 広角を無理やり上げています。
しかし悲しみも自分の中では尊いと感じています。それは私なしかない大切なもの。自分の世界を深く感じて 穏やかな心でいましょう。
憂鬱までも愛せたらいいです。
不安に負けず楽しいことを考えて前向きに過ごします。
どうか悩んでいる人も穏やかな日常で過ごせられたら良いです。