アメリカにきてから4ヶ月が過ぎようとしています。
体もようやくこちらの生活に慣れてきたところです。
さて、今回はアメリカで生活するうえで慣れるのに時間がかかった(今も努力している)ことを紹介していきます。
私は、日本ではかなり意見をいう方だったのでアメリカで生活していくのも問題ないだろうと思っていました。
ところが、こちらで生活してみると自分は日本での”空気を読む”という行為に染まりきっていたことがわかりました。
例えば、
授業では教授がこちらに質問を投げていなかったとしても、学生は積極的に手をあげて(挙げなくても)発言をしています。また、教授に顔と名前を覚えてもらうことにより、評定にも差が出てきます。(ハロー効果のようなものですね。)アメリカの学生は、自分のコメントが的確かどうかよりも自分の思ったことを発言することを重視しているように感じます。
日本では、たとえ教授が質問を投げかけたとしても、積極的に回答する学生は少ないのではないでしょうか。逆にたくさん質問やコメントをする学生に対して、妬みから批判する人もいるかもしれません。
私は授業中に質問された場合は、積極的に回答する方でしたが、アメリカではそれ以上に授業で意見をいうことが求められます。また、グループワークも多く、自分の意見を発する行為はできて当たり前のものとして捉えられます。
先ほど”空気を読む”と言いましたが、日本では同調圧力とでもいうのでしょうか、知っているけど回答しない。また、教授もその反応を予見している気がします。私も、自分が発言しすぎていると感じる時は誰かが答えるのを待つ時もありました。これが私なりの”空気の読みかた”です。
アメリカではそんな心配はありませんが、逆に発言をしないことによって不利益を被ることがあるので常に反応しなくてはいけないプレッシャーもあります。
発言する自体はたとえ内容が間違っていたとしても悪いことではありません、しかし日本に染まりきっている人からしたらかなりの重圧に感じることも確かです。