最近またイジメについて社会問題になっている。
報道を見ていると、大人をはじめとしたまわりの人々が見てみぬふりをしなければ確実に防げたことである、と考える
私も中学校に入学した頃にイジメを受けたことがある。小学校を卒業して中学に入学するときに引っ越した為、知ってる人間は誰もいなかった。転校生のように、ちやほやされることもあるのかな
と期待していたのだがみごとに裏切られた。他の生徒たちも中学校に入って環境が変わるということもあり、知らない人間が1人混じっていることなど誰も気にしない環境で、田舎にありがちなよそ者扱いをされてしまったのだ。
弁当を隠されたり、ジャージをビショビショにしたりという嫌がらせを連日受けていた。
学校に行きたくないとも思うのだが、不思議と当時はいやだな~と思いながらも休まずに登校していた。
そんなある日、理由は忘れたが、いつもちょっかいを出してくる中の一人と大勢の前で大喧嘩となった。小学校までケンカなどしたことがなかった私が、そうとう頑張ったのだろう。ヒロシ強いな
みたいな感じでそれ以来嫌がらせはなくなり、友達も沢山できた。
しかし中学3年になってから、またもやイジメに直面することとなった。
3年男子の中で、だれか1人を村八分にして無視し続けるという、極めて陰湿ないじめである。その標的は、なんの前触れもなく誰になるかもわからず、首謀者がいるわけでもなく、なんとなく全員が参加しているという状況だった。
標的になると2、3週間はイジメが続くようだった。
当時他の生徒とは一線を画した存在だった私は、さほど気にしてはいなかったのだが、ある日、前に仲の良かったクラスの人気者であるはずの友人が標的になったというのを聞き、はらわたが煮えくり返った。
その友人と話したりしていると、誰からともなく「あいつとはなすなよ」「シカトしろよ」などと言われ、そのように振舞わないと次は自分自信が標的になるかもしれない
と、恐れて集団の意志に従ってしまうのだ。
私はその日からわざと友人と行動を共にし、何か文句があるなら言ってこい
と、吹いて回った。
すると2日でイジメはなくなり、そのあとに誰かが標的になることも無くなった。
結局イジメというのは、強い立場の者が弱い立場の者を、大人数が少人数(1人)を対象に嫌がらせをすることだ。決して強いものを標的にすることはない。
私は息子に、もしイジメにあったり大勢からフクロにされるようなことがあったら、そいつらの家をまわって1人づつぶっ飛ばしてこい
と教えている。
私の言っていることが正しくないことだというのは分かっているのだが、私も昔からそう思っていたし、息子をイジメなんか関係のない強い男にしたい一心で考えてのことだ。
イジメにあわないようにするには、自分自身が強くなるのが一番だ。
しかし強くなれない子もいる。
そんな時は強い子が弱い子を守ってあげなければならない。
人間は誰しも3%の確率で何らかの障害をもって生まれてくると言われている。
残りの97%の人間はその3%の人間を守っていく義務がある。
少し話がそれたが、親、教師、地域が見てみぬふりをせずに、きちんと子供と向き合っていくことが出来ればイジメに苦しむような子も激減するだろう。
ここのところのイジメに関する報道を見ていて、ものすごく腹がたち、勢いで長々と書いてしまったが、私は、良からぬことを目の当たりにしたときは、他人の子であろうが怒ることの出来る親父でありたいと常々思っている。
子供をなくした親御さんの胸中を思うといたたまれないし、今もイジメに苦しんでいる子が沢山いると思うと胸が締め付けられる。
せめて、自殺で亡くなった子たちのおかげで、イジメは無くなったよ、と言ってあげられる世の中になるのを願うばかりである。

