今までの自分

「まだ見ぬ自分の可能性の追求」

今の自分

「今自分が出来ることを心を込めてする」


望む訳もなく被災して亡くなった方。

そして大切な人を失ってしまわれた方。

被災で苦しい生活を強いられている方。

命をかけて前線で復興作業をして下さってる方。

そして、今ここに生きている自分。


今出来ることをするのが自分の命の価値。

その先に何があるかはきっと関係ないこと。

今出来るの積み重ねが私の命。

そう出来ることの感謝と喜びを深く感じています。

それはきっと「共に生きる喜び」

自分の為に使う命では感じることができなかった「感謝」


尊い犠牲と多くの苦難を決して無駄にしない為にも。

私は今この瞬間自分に出来ることを心を込めて行って参ります。







「今を生きる」

被災地の方々にももう少しで物資が届く様になりそうです。

仮設住宅も建築がはじまりました。

原発は危険な状態ではあるが、少なくとも命を張って処理にあたってくれている人が大勢いてくれる。

私の住む首都圏でも燃料や物資も来週あたりから回復の見通し、ばかな買占めも終わりそう。

今私にできることはなに?


自分と守るべき人の安全の確保、これは絶対しなきゃだめ。

節電、これも当たり前。

寄付や寄進、これも各自の判断ですれば良い。


でもその次に私がしたい一番のことは仕事。

自分の職場は、社会から任されている自分の責任範囲。

だからそこをきちんと守ることが私がすべき最優先の取組み。

そして守った後、復興に向けて社会に何を提供できるのか?

そこからが私が仕事をしてきた17年間の真価が問われると感じています。


私の仕事は小売業様の販売促進のお手伝い。

ありがたい事にお客様は日本全国にいてくれる。

商業活動の活性化は復興の最も大きなカギのひとつ。


ビジネスという言葉のもう一つ先の「企業の社会責任」として、

責任という言葉のもう一つ先の「使命」として、

自分が社会から任せて頂いている場所で、

心を込めて努めさせて頂きます。







私は東京在住です。

職場も東京です。

東北地方を始め被害の大きい被災地の皆様に比べれば、

食料にも、水道にも、電気にも、ガスにも困っておらず、

明らかに恵まれた環境であります。

(東京であろうと決して現状を楽観視してはいけません)


そんな中、宮城県の友人から届いたメール。

タイトルには「○○家無事です。」

津波被害があったこと、

近くでコンビナート火災が起きている事、

ライフラインが全く途絶えた状態であること、

食料調達のメドが全く立っていないこと。

その文章の後に一言、

「頑張るね!」

なぜか私の方が救われた気持ちでありました。

その一言をくれた彼に感謝の気持が溢れました。

ともすれば「生きる為の環境は用意されていて当たり前」と錯覚してしまう日常から、

一転した大惨事の真っ只中に身を置く友人の「頑張るね!」一言に、

同じ人間として自信と勇気をもらいまいた。


余震の状況、原発の状況も余談を許しません。

14日から関東でも計画停電が実施されます。

関東の皆様も、

家族の事、大切な人の事、お仕事の事、

心配ごとは続くことと思います。

でも頑張りましょう!

今出来ることは、

自分の持ち場を心を込めて丁寧に守ること。

そして未来に希望を持ってみんなの無事を祈ること。

それしかないと強く感じます。


文末ではありますが、

被災されている皆様にお見舞いを申し上げ、ご無事をお祈り致しますとともに、

お亡くなりなった皆様に心よりのお悔やみを申し上げます。