いつものように。。。
ほんとうに久しぶりの日記になってしまいました。
昨日、「犬と私の10の約束」という映画をテレビで見ました。
号泣です。。。。
実は、先日、実家にタムのお見舞いに行った日がタムとの最期のお別れの日になったしまったのです
。
お昼前に実家に着いたときは、発作が始まっていて母が隣で泣きながら声をかけていました。
発作は10:30頃始まったもので、口からは泡をふいていて、脚は伸びきってしまっていて、目はもうろうとしていました。
とても苦しそうで、歯を食いしばりながらも、声を上げる事もなく、吠えることもなく、じっと痛みと戦っていました。
そんな姿を見た私は、「こんな苦しみを味わうのなら、安楽死という選択もあるんじゃないか。」と思ったのですが、誰より、タムとの時間を一緒に過ごし、面倒を見てきたのは母だったため、そんな事を軽く発する事はできませんでした。
じっと母は横たわって震えているタムの脚を支えて、なでながら「がんばれ」と声をかけていました。
でも、きっと最期を感じていたんだと思います。
私が家に着いた時に、母は「タムはお姉ちゃんを待ってたんだよ。」といっていましたから。
お昼休みに、会社に行っている父を呼び、タムにエールを送ってもらいました。
「タムは強いね。」と父はずっとなでていました。
そんな苦しみの時間が4時間過ぎ、私は動物病院に発作を止める座薬を取りに行っていました。
帰りに母から、
「発作が治まって、今は寝ているよ。」と安堵の電話が入りました。
家に帰ると、タムはいつものように寝ていました。
母も、私も、
「この大きな山を乗り越えたんだね!もう大丈夫だね!」
とさっき二人で号泣していたのは何だったんだ^^というような感じで喜んでいました。
心も落ち着いてきたら、お腹もすいてきちゃったので、遅めのお昼ご飯を食べました。
そうしたら二人ともどっと疲れがきて、タムと一緒に横になっていました。
タムの寝息を感じながら。。。。
一度でも安楽死を考えた私は間違いだったなあと思いました。
眠っているタムの顔はとても穏やかで、命の強さをとても感じさせられました。。。
あんな苦しみを乗り越える事ができたタムの強さにただただ感動させられました。
会社から帰ってきた父もタムの様子を見てほっとしたようで、いつものようにお酒を飲み、ご飯を食べ始めました。
私も、穏やかに寝ているタムを見て、ほっとして、家に帰りました。
「タム、またね。」と声をかけて。
そして、いつものように、ご飯を作り、旦那さんが帰ってきて、
「今日ね、タムはすごかったんだよ。4時間の発作と戦って、勝ったんだよ!」
と話していました。
いつもと変わらない夜を過ごしていた時に、10:30頃母から一本の電話が。
「タム、死んじゃった」と。
結局、最期は一緒にいる事ができなかったのですが、私にはタムの気持ちがすごく伝わってきました。
最期は、みんなすごく落ち着いていて、笑う事もできるような希望を持たせてくれて、、、
いつも私は実家から高速を使って帰るのですが、帰り道も穏やかな気持ちで帰る事ができたのです。
タムの発作が続いたままだったら、涙が止まらなくて、車の運転なんてできずに、きっと帰る事ができなかったと思います。
「いつもように、いつものように、
僕の事は心配いらないよ。」と。
みんなに心配かけたくなくて、苦しい発作に耐え、みんなに穏やかな顔を見せて、穏やかな時間をつくって、送り出してくれたんだと思います。
「タム、いつも家を守ってくれてありがとう。いつもみんなを笑顔を迎えてくれてありがとう。
最期のタムのがんばり、絶対忘れないよ。すごい勇気をもらったもん。本当にありがとう。。。」
昨日、「犬と私の10の約束」という映画をテレビで見ました。
号泣です。。。。
実は、先日、実家にタムのお見舞いに行った日がタムとの最期のお別れの日になったしまったのです
。
お昼前に実家に着いたときは、発作が始まっていて母が隣で泣きながら声をかけていました。
発作は10:30頃始まったもので、口からは泡をふいていて、脚は伸びきってしまっていて、目はもうろうとしていました。
とても苦しそうで、歯を食いしばりながらも、声を上げる事もなく、吠えることもなく、じっと痛みと戦っていました。
そんな姿を見た私は、「こんな苦しみを味わうのなら、安楽死という選択もあるんじゃないか。」と思ったのですが、誰より、タムとの時間を一緒に過ごし、面倒を見てきたのは母だったため、そんな事を軽く発する事はできませんでした。
じっと母は横たわって震えているタムの脚を支えて、なでながら「がんばれ」と声をかけていました。
でも、きっと最期を感じていたんだと思います。
私が家に着いた時に、母は「タムはお姉ちゃんを待ってたんだよ。」といっていましたから。
お昼休みに、会社に行っている父を呼び、タムにエールを送ってもらいました。
「タムは強いね。」と父はずっとなでていました。
そんな苦しみの時間が4時間過ぎ、私は動物病院に発作を止める座薬を取りに行っていました。
帰りに母から、
「発作が治まって、今は寝ているよ。」と安堵の電話が入りました。
家に帰ると、タムはいつものように寝ていました。
母も、私も、
「この大きな山を乗り越えたんだね!もう大丈夫だね!」
とさっき二人で号泣していたのは何だったんだ^^というような感じで喜んでいました。
心も落ち着いてきたら、お腹もすいてきちゃったので、遅めのお昼ご飯を食べました。
そうしたら二人ともどっと疲れがきて、タムと一緒に横になっていました。
タムの寝息を感じながら。。。。
一度でも安楽死を考えた私は間違いだったなあと思いました。
眠っているタムの顔はとても穏やかで、命の強さをとても感じさせられました。。。
あんな苦しみを乗り越える事ができたタムの強さにただただ感動させられました。
会社から帰ってきた父もタムの様子を見てほっとしたようで、いつものようにお酒を飲み、ご飯を食べ始めました。
私も、穏やかに寝ているタムを見て、ほっとして、家に帰りました。
「タム、またね。」と声をかけて。
そして、いつものように、ご飯を作り、旦那さんが帰ってきて、
「今日ね、タムはすごかったんだよ。4時間の発作と戦って、勝ったんだよ!」
と話していました。
いつもと変わらない夜を過ごしていた時に、10:30頃母から一本の電話が。
「タム、死んじゃった」と。
結局、最期は一緒にいる事ができなかったのですが、私にはタムの気持ちがすごく伝わってきました。
最期は、みんなすごく落ち着いていて、笑う事もできるような希望を持たせてくれて、、、
いつも私は実家から高速を使って帰るのですが、帰り道も穏やかな気持ちで帰る事ができたのです。
タムの発作が続いたままだったら、涙が止まらなくて、車の運転なんてできずに、きっと帰る事ができなかったと思います。
「いつもように、いつものように、
僕の事は心配いらないよ。」と。
みんなに心配かけたくなくて、苦しい発作に耐え、みんなに穏やかな顔を見せて、穏やかな時間をつくって、送り出してくれたんだと思います。
「タム、いつも家を守ってくれてありがとう。いつもみんなを笑顔を迎えてくれてありがとう。
最期のタムのがんばり、絶対忘れないよ。すごい勇気をもらったもん。本当にありがとう。。。」
引き出しを出し入れしながら、、、
ただいま奮闘中です!
ここ1週間図面をにらめっこですが、なんとも、前事務所を卒業してから(退社ですけど、なぜか卒業証書を頂きました。^^)5年も経つので記憶の引き出しがどこにあるのか分からなくて四苦八苦です。
引き出しの存在さえ忘れていたり、急に思い出して開けてみたらまたまた?だったり。
今日「なかなか仕事が進まないんです。。。」と派遣先の先生と話していたら、
先生、「気がつく事が多くなると時間がかかるようになりますからね~」と。。。。
またまた先生らしい温かいお言葉です。
優しさに救われ、またがんばるのです☆
明日は、最近体調のすぐれないタムのお見舞いに行ってきます。
昨年の年末までと宣告された魂も、新たな年を迎える事ができました。
春の桜の頃、また写真がとれるといいなぁと希望を持って母が一生懸命看病しています。
母がタムをお世話している姿を見ると、自分たちもこれだけの愛をもらって育ててもらったんだなあ
と実感します。
2月で春を感じる今日この頃。桜も勘違いして咲いてくれたら母とタムの願いが叶うかもしれません。
がんばれタムタムゥ~☆
ここ1週間図面をにらめっこですが、なんとも、前事務所を卒業してから(退社ですけど、なぜか卒業証書を頂きました。^^)5年も経つので記憶の引き出しがどこにあるのか分からなくて四苦八苦です。
引き出しの存在さえ忘れていたり、急に思い出して開けてみたらまたまた?だったり。
今日「なかなか仕事が進まないんです。。。」と派遣先の先生と話していたら、
先生、「気がつく事が多くなると時間がかかるようになりますからね~」と。。。。
またまた先生らしい温かいお言葉です。
優しさに救われ、またがんばるのです☆
明日は、最近体調のすぐれないタムのお見舞いに行ってきます。
昨年の年末までと宣告された魂も、新たな年を迎える事ができました。
春の桜の頃、また写真がとれるといいなぁと希望を持って母が一生懸命看病しています。
母がタムをお世話している姿を見ると、自分たちもこれだけの愛をもらって育ててもらったんだなあ
と実感します。
2月で春を感じる今日この頃。桜も勘違いして咲いてくれたら母とタムの願いが叶うかもしれません。
がんばれタムタムゥ~☆
