こんにちは。

無計画でベルギーに移住した、

2児の主婦です指差し


今日は自分の気持ちを整理するためにも、

また私と同じような環境にいる方の

励みになればと思い、私のこれまでの人生の

苦悩について、正直に語らせてください。

 収入の安定は心の安定ではなかった


私はもともと日本で看護師として働いていました。でも、本当になりたかったわけではありません。

「お母さんが看護師だから安定してるし、それでいいか」――そんな軽い気持ちで選んだ職業でした。


大学に入っても好きではないことを学び、

働き始めても興味のないことを我慢して

勉強する毎日。それが仕事、

感情を押し殺して働くのが“普通”だと

思っていました。


覚悟はしていましたが、不器用な

私の新人時代は過酷そのものでした、

  • 過度なタスク管理
  • 看護師不足による新人放置
  • 理不尽なインシデント報告や説教
  • 上下関係から断れない残業

…心はいつもストレスでいっぱい。

先輩同僚はどんどん消えていって。


それでも、ICUと救急外来で、必死に患者を

救う日々は確かにやり甲斐も達成感もありました。

「今日も患者さんの命を救えた!」

そんな瞬間があったからこそ、なんとか続けられたのかもしれません。


また同じ時期に長女が1歳の頃保育園では

発達障害の症状があるとかないとかで

毎週先生から説明されて辛かったし、

旦那も日本の文化に馴染むのが難しく、

なんとか絶えず仕事をしてくれていましたが

転々としている背景もありました。


 人生の“限界”を感じて


2人目の出産を経て、ふと考えました。

「このまま人生を過ごして、楽しいのか?」

気づいたら50歳になっているかもしれない。

人生もったいない。


そんな思いから、ベルギーに移住することに

しました指差し発想が軽っ!

海外に住んでみるのが夢でもありました。


「旦那よ、任せたぞ!私は人生休憩する〜!

フランス語頑張れば、看護師資格も変換できる

ことも確認したし〜♪」とか言って…

正直甘ったるい考えでした。



現実はそう甘くなく、

コロナ期を挟み、5年離れた母国で

旦那も仕事に馴染めず苦労。

(過去に母国でも働いていました)

文化の違いかと勘違いしていたけど

やっぱり度々言動に引っ掛かり悩んでいたので

旦那に発達検査をしてもらいました。

検査した結果…




夫はなんと重度ADHDだったんですひらめき

すごい納得。


私の中で少し肩の荷が降りた気がしました。

今まで争ってきた数々の口喧嘩は

全てそこの症状から来るものが多かったからです。


会社に入っては辞めて入っては辞めて

繰り返しました泣き笑い

個人事業主として再スタートし

現在もたくさんの苦悩がありますが

有難い事に仕事をしてくれています。


いろんなスキル持っていてすごく長けているが

普通の人ができることができないという

バランス具合。笑

(また詳しくは他の記事に書きます)


私自身、謎から解放されて安心した反面、

「自立した女性でありたい」という気持ちが

日に日に強くなり、自分の人生について真剣に

考えるようになりました。



次回、私の”好きな事 “って何だろう?

    これからの挑戦と潜在意識。


字数オーバーになるため、

続きは次の記事に書きます!!