片岡家の朝は大概騒がしい。
ほとんどの場合、一番起きるのが早いのは次男である篤志。従って、まだ起きていない他の兄弟を起こすのも彼の仕事である。
篤志が良平の部屋の扉を開けようとしていると、その隣の部屋からちょうど出てきた長男大輔と鉢合わせた。
「あ、おはよう兄貴」
「篤志おはよう。他のみんなはまだ?」
「うん、これから起こしにいくところ。先行ってていいよ」
「そっか、ありがとう」
大輔は篤志の肩をぽん、と叩くと横を通り過ぎて下に降りていった。篤志は勢いよく良平の部屋を扉を開けた。
「ほら、良起きて?朝だよ」
「…あと五分……」
お決まりの台詞だが、そんなこと言われて本当に五分で起きたためしがない。いつものことである。
「りょーう!朝だぞっ」
篤志は容赦なく布団の上から良平をべしべし叩く。すると反応があって、ゆっくりとだが起き上がった。
「んー…あっちゃんおはよう。今何時?」
「お、良おはよ。そういえばお前昨日何時に帰ってきた?」
「えーっと、多分1時ぐらい」
「そっか…お疲れ様」
良平の職業はモデルである。なかなか人気らしく雑誌の表紙を飾ることも多く、最近は遅くまで仕事が長引くこともよくある。篤志としては弟にはもう少し休んでほしいのだが、なかなかそうはいかないのが現実というものだ。
大欠伸をしながら部屋を出ていった良平に続いて、篤志も部屋を出た。
とりあえず兄貴と良は起きた、さて最後は…と、双子である末っ子二人の部屋の前に立つ。正直これが最難関である。
「遼希ー、千里ー。朝だぞー」
「起きてるよ」
二人分の名前を呼んだのに返ってくるのは遼希の返事だけ。部屋に入ると案の定既に着替えまで終えた遼希と、未だ二段ベッドの下の段で眠りこける千里の姿があった。幾ら二卵性とはいえ、どうして双子でこうも違うのか…というのは、二人が生まれてからずっと解明されていない謎である。
ちなみに同じ部屋なら何故遼希が千里を起こさないかというと簡単である。起こさないのではない。起こしても起きないのだ。
「遼希、今日も?」
「ぜーんぜん。叩いても揺すっても起きやしねぇ」
遼希が肩をすくめる。
千里は一度寝たらなかなか起きない。地震があろうが雷が鳴ろうが夏いきなりクーラーが切れようが、マイペースに眠り続けられるのである。これを器が大きいと言うのかただ単に鈍感と称するのか分からないが、多分後者である。
篤志は二段ベッドまで歩み寄るとその布団をひっぺがし、その耳元で思いっきり叫んだ。
「千里、起きろ遅刻するぞ!今日朝から補習あんだろ!?」
叫ぶだけでは飽き足らず、乱暴に揺すったり肩を叩いてみたり。年頃の女の子だから、などという遠慮は一切ない。
そんなこんなで叫んだり叩いたりしているうちに、ようやく眠り姫はうっすら目を開けた。
「ん……あれ、プチトマトは?」
一体どんな夢を見ていたのだろうか。
「おはよ、千里。ちなみに俺はプチトマトじゃねぇから、食いたきゃ自分で洗って食えな」
「ぅー……うん」
そのままごしごしと目を擦ると、かなりおぼつかない足取りではあったがふらふらと部屋から出ていった。
千里は起きるまでは長いが目覚めてからは早いので、起こしさえすれば何とかなる。放っておいても多分大丈夫だろう。
「篤兄、お疲れ様」
「あー、本当朝からバタバタだよ…どうにかならないかなぁ」
「千里が寝起きよくなりゃいいんじゃない?」
「じゃあ永久に無理だな」
ふうっと大きく息を吐き、手をはたいて一荷物片付け終わったような仕草をする篤志を見て遼希は苦笑した。
良平がキッチンに入ると、そこには既にすっきり目覚めた千里がフライパンを振るっていた。良平に気がつくと振り返って「あ、良兄ちゃんおはよう」と笑顔。
「おはよー。今日の朝飯何?」
「ご飯と味噌汁と鰺の開き。あとプチトマトね」
「プチトマト?また何で」
「何か食べたくなったから」
「あ、そう…まあいいや。何か手伝うことある?」
「えーっと…じゃあみんなに今日お弁当いるか聞いてきてくれる?遼希と私はいつも通りだから、大兄ちゃんと篤兄ちゃんに」
手が離せないという千里に分かったと頷くと、良平はリビングに向かった。既に食器が並べられている食卓で篤志は新聞を読み、大輔と遼希はテレビのニュースを見ている。
「おーい、兄ちゃんとあっちゃんは今日弁当いる?」
「あ、俺お願い」
「俺は今日学部の友達と飯食いにいくからいらねーよ」
「分かった。じゃあ今日は四つか」
千里に伝えてくるとだけ言うと、良平はまたキッチンに戻る。
「千里、今日四つな。あっちゃん以外全員」
背中に声を掛けると、千里は一瞬振り返って「ありがと、」と言った。
「ご飯と味噌汁はもう出来てるから、そこのお椀によそって持ってっちゃっていいよ。鰺も焼けたらすぐ行くから」
「了解。何かあったらまた言ってな?」
五人分の味噌汁とご飯をお盆に載せ、良平はキッチンを出ていった。途中の廊下ですれ違った篤志が、両手が塞がった弟を見て手を差し出す。
「あー、俺手伝うよ」
「あっちゃんはやんなくていいよ」
「何でだよ!」
不器用な篤志にひっくり返されては困ると、良平は篤志の申し出をあっさり蹴った。悲しいかな、これもいつものことである。
篤志がいじけている間に鰺が焼き終わったらしく、千里がそれをリビングに行くとようやく朝食の完成。みんなで食べ始める。
こうして兄弟だけで食卓を囲むことになって、もうどれぐらいになるだろう。母親は亡くなる前は入退院を繰り返していたし、元々父親は家にあまりいることが少ない人だったから。
十年もそんなことを続けていると次第にそれが習慣のようになり、今では何も言わなくても五人で朝食を食べることが当たり前になっていた。
「ふぅ、食った…ごちそうさま」「ごちそうさまでした」
「味噌汁美味かった!ごちそうさま」
「ごちそうさま」
「いえいえ、お粗末さまでした」
食べおわった後は手が空いている人で食器を洗い、各々が自分の準備をしているとあっという間に時間は過ぎていく。今日は遅番の大輔以外はほとんど同時に出発するが、大輔も玄関で見送るつもりなのでとりあえずついていく。
「千里、髪跳ねてる」
「え…まあいいや」
「いや直せよ」
「ほら、貸してみ?こーやってピンで…はい出来た」
「わ、良兄ちゃんありがとー」
「遼希、忘れ物ない?」
「大丈夫だって。誰かさんと違ってその辺しっかりしてますから」
「ちょ、遼希ひどい!」
「誰もお前だなんて言ってねーだろ」
「おーい、みんな早く行かないと遅刻するよ?」
玄関でも何かと騒がしい弟達に大輔が声を掛けると、四人はようやく大人しくなった。さすが長兄。
「千里、今日は部活あるんだっけ?」
「うん。だから晩ご飯七時半すぎぐらいだと思う。良兄ちゃんの分は分けておくから、帰ってきたら食べてね」
「了解。じゃ、行ってきまーす!」
一足先に玄関を飛び出した良平に続き、篤志や遼希達も口々に「行ってきます」と出ていく。それを小さく手を振りながら見送ると、大輔は部屋に戻っていった。さて、そろそろ自分も準備をしなければ。
