NO.37 【青春の輝き】
第七章 私の道
宿泊先の住職に野球部長の教頭が丁寧に挨拶している。織人は時間を見つけ、亮の店に顔を出し
た。店内は野球部の保護者やベテラン監督さんが集い、店内は笑い声で弾けていた。厨房では昭子
が料理を作り、景と長女のまどかが器の上げ下げや洗い物を手伝っていた。昭子は朝から野球部員
の夕食を用意して今は明日の部員への朝食を支度し、織人は厨房の昭子にお礼を述べた。店内では
司会役の亮がこの日を迎えるまでの経緯を簡単に説明し、亮は遠路はるばる訪れた織人に謝辞を述
べると続いて年配監督も感謝の言葉を伝えた。少々お酒が入ったベテラン監督は織人のチームを持
ち上げ「いいチームだ。礼儀正しく、グラウンド整備ではうちの生徒よりも早くトンボ掛けしてい
た。驚いたのが試合後にあんたのチームの主将と副主将がわしに課題を聞きに来たことだ。相手校
のチームについて課題を述べたのは初めての経験で、少しわしも焦ったよ」お酒も運ばれ、店内は
今日の試合を肴に賑わっている。
一通り料理が運ばれ、亮が織人の元へやって来た。織人が「すいません。何から何までお世話に
なり、子どもたちも県外で試合ができて大変喜んでいます。色々と有難うございました。帰りの旅
費は保護者会費と不足分は校長、教頭が餞別だと言って出してくれました」織人はお礼を述べた。
亮は「「織人、大変だったじゃろう、急に済まなかったのぉ。俺の勝手な我がままを聞いてもらっ
て今日は嬉しかったよ。本当に嬉しかった。お前も良いチームを作ったじゃないか。お前のチーム
との試合をわしはずっと夢見とったんじゃ。景が中学校で野球するのも後一年だから今年の夏休み
が最後のチャンスだったんだ。織人、実はのぉ、景が部の主将を任された日にわしの過去を全て景
に話したんじゃ。いつかは景も知るだろうと昭子と相談して話すことにしたんじゃ。わしの息子に
してはよくできた子でわしは話すのが怖かった。話した後に景の変化が怖くて、ひよっとすると悪
い方向へ変わっていくんじゃないか、わしを遠ざけるんじゃないかと恐ろしかった。わしは覚悟を
決め、包み隠さず過去の罪やお前との関係を話したんじゃ。話し終えたらわしは気持ちが随分楽に
なったことを今でもはっきりと覚えとる。ダメ親父の過去を聞いた景は何と言ったと思う」織人は
日本酒を飲みながら黙って聞いていた。続けて亮は「何と全部知っていたというじゃないか、昭子
も俺もびっくりしたよ。祖父母に聞かされていたんじゃよ。その後にな、景が…… 景が昔の父さ
んがどうであれ、今、一生懸命僕たちのために頑張っている父さんが好きなんだと言ってくれたん
じゃ。野球が出来るのも父さんや母さんが朝から晩まで働いているお陰で、僕もまどかも何不自由
なく暮らせて何の不満もないって言ったんだぜ。健気じゃないか織人、まだ中二だぜ、親の知らな
い内にいつの間にか景は成長していたんじゃな。わしには勿体ない子だよアイツは」静かに酒を飲
んでいた織人が「景くんは立派ですよ。今日、ゲーム後に景君は私に父を尊敬していますといった
んですよ。今どきの中学生が親を前にして尊敬しているとはなかなか言えないもんですよ。言わせ
る親も立派です。亮さんの背中をしっかり見ていたんですね景君は。亮さんが調理師免許を取り、
働きながら定時制高校を卒業し、商店街や学校、家族の為に懸命に汗を流して走り続けるお父さん
に景君は父親の価値を見出したんですよ。きっとおじいちゃんもおばあちゃんも景君に、今私が言
ったようなことを口に出したはずです。亮さんの過去を知った景君は試練に立ち向かう父、困難と
格闘する父をずっと傍で見ていたんですね」亮は人目を憚らず号泣した。厨房では昭子がだし巻き
卵をいくつも作り、その横で景は洗い物をし、まどかはビールをベテラン監督のコップに注いでい
る。ベテラン監督が遠くから「山内先生、一勝一敗だ。明日は決戦だな。うちは景が先発するよ、
三振を二桁も取られたんじゃ、そりゃ勝てないわ。景のスライダーはどの学校も打てないんだよ」
先程まで織人のチームを褒め称えていた監督は酔いで本音を口にしたようだ。帰り際、織人は再び
厨房に入り昭子に感謝の言葉を述べ労った。
【オホーツク海に面した猿払村 村道 エサヌカ線】
連日の野球日和、爽やかな夏の朝の一試合目、なかなか景から点を奪うことが出来ず〇対〇、最
終回裏の先頭打者は左の景。ネット裏の亮は試合開始から欠伸を繰り返し徹夜で織人や部員の弁当
作りで寝ていなかった。隣りでは昭子が「景、ここで打つのよ。三振したら昼食抜きよ。打って、
景」励ましの声はどこまでも響き、周囲の保護者は笑った。二球目、右投手のカーブが真ん中に入
り、景は見逃さず強引に引っ張った。打球は右中間へ高く上がるとフェンスを直撃、外野手が処理
にもたつき、三塁コーチャーはストップを掛けているが景は無視して一気にホームへ突っ込んだ。
カットマンの二塁手がホームに送球「微妙なタイミングだ」誰かが叫んだ。織人もベテラン監督も
そう見ていた。主審の手を一同が注視すると右手は水平に伸び「亮さん、亮さん起きてよ。景がサ
ヨナラホームラン打ったのよ」パイプ椅子をひっくり返し、立ち上がった昭子は亮の身体を強く揺
すった。
【上士幌町 三国峠】
帰りのバスに乗り込む部員を尻目に織人は亮の元へ駆け寄った。「色々とお世話になりました。
負けましたが素晴らしいゲームでした。亮さん、私は正直言ってここまで亮さんが一般社会に溶け
込み、家族や地域を愛して暮らしを立てているとは思っても見ませんでした。亮さんのこれまでの
苦労と頑張りに敬意を表し、素直に亮さんのことを尊敬しています。すいません。生意気言って。
今回、亮さんと昭子さんには大変お世話になりました。機会があったらまた試合をしましょうよ」
織人は亮の手を握って深く一礼した。亮は「おぅ、またやりたいの。ありがとうよ、織人、本当に
ありがとう。諦めずにやってきてこんな日が訪れるなんて夢みたいじゃ。お前のお蔭じゃ。でもな
織人、俺は有頂天になって肩で風切って街中を歩いていた頃をたまに夢見ることがあるんだ。あの
頃はその日その日が楽しければいいと思って生きていた。そんな灰色の日々には生きがいなんて何
もなかった。でも今は違うぞ。家族や織人、商店街の人たちが俺を後押ししてくれているんだ。あ
りがたいことじゃ。こっちに来て二、三年目の頃にな、商店街の寄合で酔った勢いで誰かが俺の過
去について語ったことがあったよ。「亮さんは昔ヤクザやっていたんだって」その言葉を聞いたと
きショックで俺は頭が真っ白になったよ。だがな、商店街の組合長の一言で救われたんだ。「過去
は過去、今の亮さんを見るがいい、朝早くから毎日商店街の掃除を一人でやっている。毎日だぞ。
通りの人には誰にでも挨拶し、組合の仕事も進んでやってくれている。誰もが亮さんの頑張りを知
っているはずだ」その後は商店街の人たちは俺を色眼鏡で見ることはなく、良き仲間として俺に関
わってくれたんじゃ。俺はお天道様の下で一生懸命やっていれば必ず誰かが見ていると本気でそう
思ったよ。そんな生き方を続けていると不思議なものでいざという時には商店街の誰かがいつも手
助けしてくれるんじゃ。わしの生き方は間違っていなかったんだと周りの人たちから教えてもらっ
たよ。生きがいは誰かから与えられるものじゃない、自分の足で探すものだと気付いたんじゃ。一
生不平ばかり言っても生きがいなど得られないもんな。大事なのは曇りのない眼で今の自分を見つ
めて最良の未来を思い描くことだとな。わしはこの後の人生も決して天狗にならず、地道に歩いて
いくつもりだが決して気後れもしない。過去の俺の罪は絶対消えることはなく、決して忘れてはい
けないんだよ。一生十字架を背負ってわしは生きていくつもりだ。人はそれぞれハードルによって
感じる幸せは違うもんだ。だが低いハードルでも一つひとつ丁寧に超えれば希望の光は必ず見えて
くる。それを積み重ねること以外に生きがいは得られないとわしは思うとる。五年後も十年後も変
わらず家族や地域を愛し、愚直で前だけを向き続け、そんな生き方をしたいと思うとる」亮は織人
を抱きしめ、織人は亮の胸に顔を埋めて涙が溢れた。「織人、十二月には蜜柑を楽しみに待ってい
るぞ。元気でな! 」艱難辛苦をくぐり抜けた亮の笑顔に一筋二筋の涙が流れ、これからも亮さん
は今のスタイルを貫きながら生き通すのだろうと想いながら織人はアンダーシャツの袖で目元をそ
っと拭きバスに乗り込んだ。
夏の日差しを受け、バスの中では流行歌を歌う二年生部員の声が響き渡っている。高速道路に入
ると織人は腕組みをしたまま深く目を閉じた。
完
注・・・集い(つど)厨房(ちゅうぼう)景(ひろ)謝辞(しゃじ)肴(さかな)埋めて(うず)
艱難辛苦(かんなんしんく)
Thank you for you

