逆手に構えた小太刀。
首を見据えて、右手を前に突き出す。

辺りから濃い血の香り。香り、なんて綺麗なものじゃないな。匂い、そういったほうがしっくりくる。

死体山と血の海に囲まれ、僕を失いかける。
「千歳、こいつが紅灯無形??すごい堂々と姿見せてるけど、見たやつは皆死ぬみたいなホラーな感じ??」

「ううん、違う。彼は、彼はなんでもない。私にもわからない。わからないわけではないんだけど、なんていうか。」
言葉に詰まる彼女を初めて見た。

「無関係に、無目的に、無頓着に、無表情に、無気力に、無期限に、無差別に、無計画に、無意識に、無意味に、無責任に、無節操に、無制限に、無造作に、無秩序に、無反応に、無防備に、無関心に無価値。それが俺の殺し屋としての立ち位置だよ。なんでもない俺に説明はいらない。もちろん名前もないよ。ななし、だとか無名、だとかって呼ばれることはあるけどな。殺し屋としての呼び名ってだけだ。」

ななしだか無名だかと名乗った男はそういう。
「なんでもない俺はなんにでもなられる。無色透明は物語に色は付けない。だからこそ、俺が空白の辞典を殺しにきた。」

「紅灯無形が狙ってるじゃないのかよ??」
「紅は赤でもって塗りつぶせば景色は変わらない。青は無色透明で塗りつぶせば景色は変わらない。残った白を黒く塗りつぶせば昼夜は逆転する。」

「わかりやすいな。つまり、あんたは<俺>を殺しに来た、それだけなんだろ。千歳はここじゃ殺さない、なら庇う必要もなく、<俺>は<俺>の殺しが、殺人が出来るわけだよ。狂犬に守って戦うなんて出来ないからな。」

伸ばした右手が震える。
理論と理論。理屈と理屈。想いと思い。理想と理想。価値観と価値観。これらは総てが狂気のようで、凶器でいて、これだけぶつけ合っているのだからひとが死ぬのは当たり前だろう。

かと言ってこれは死に過ぎ、いや殺され過ぎじゃないか??
今回はのほほんとした千歳とのギャグパートすら許されないらしい。

僕らはただ甘いものを買い出しにきただけのはずだった。
スーパーについて中に入る。千歳が買い物カゴをとり、入ってすぐの野菜売り場見向きもせず、中央付近のお菓子売り場へとむかおうとする。駆け出した足を不自然にひねりこちらを振り返り叫ぶ。

「しゃがんで。」
叫ぶ、実際は叫んだわけではない。機械的なアナウンスのような声が、突然耳元で囁かれた。という表現が近いかも知れない。
おかげで状況をのみこむとか、そういったことをなしにただ行動をするだけで済んだ。

しゃがんだところで目の前のガラスの自動ドア砕けたりはしなかったが、後ろに静かな殺気を感じて飛び退く。

かぶっていたキャスケット帽が転がって前髪が目にかかる。

鬱陶しく思いながらも、目の前の光景にあっけからんとする。

侍っ!?

そこには黒い浴衣をきて、腰に日本刀を携える侍姿の男が立っていた。

「空白の辞典。」

そうひとことだけ呟くと摺り足の動きで千歳へと向かう。
腰からナイフを取り出してギザギザの部分で斬撃を受け止める。そのままへし折ろうと腕を捻る前にすって刀を抜かれた。

鞘に収めて周りを見る。

周りの一般客が叫ぶことなく僕らを見つめる。

黒い浴衣の侍は脇差しを抜き、一般客の塊っているほうへと向かうと躊躇った様子なんて微塵もなくひとを斬った。殺した。
流石に悲鳴が響いた。

コンビニくらいの広さの小さなスーパーとは言え、中には20人くらいのひとがいたのではないか?
それがものの5分経たない程度の時間で皆見事なまでに血を流して倒れている。

<俺>でもしたことない大量虐殺だよ。

鞄から小太刀を取り出す。
ナイフじゃやられるかも知れない、そう思わせる威圧感があった。

梅雨明け宣言がされたというのに、いまだに雨がよく降る気がする。
静かな雨がぱらぱらと降り注ぐ。

じめじめとした空気が僕の部屋にも流れる。晴れた日に畑を耕したりはしないどころか、晴れた日だろうと雨の日だろうと引きこもって本を読んでいたい。

そんな主人公として、出掛けないことには何も始まらないし、なにもきっかけが起こらないのに千歳はその平穏を選択している。
雨が降り続いているせいで僕は洗濯出来ないでいる。部屋干しは嫌いなんだよね。
そこだけはあの忌むべき太陽に感謝しよう。


千歳の権限で半ば無理やり退院を果たした僕はとりあえず、まだ自宅療養ということで学校も休みながら千歳と部屋でごろごろ。
そろそろ千歳とはそういう関係に発展してもいい気がするが、紅葉に知れたら間違いなく殺されるから手を出せないでいる。

そんな僕の心境を読み取って面白がっているのか、最近の彼女は下着にキャミソール姿で読書していたりする。ほら、いまもそんな姿でロフトから降りてきた。

ちらっと目を向けると白い下着が丸見え。
「恥じらいのない女子なんかに僕はときめかないからなっ。」

「なにがっ!?」

とりあえず本音を伝えて、再び物語の世界に目を落とす。

「あお。甘いもの食べたい。」
冷蔵庫を開けた千歳がこちらを振り返える。

「一緒に買いにいく??」

「着替えるの面倒だからこのまま行っていい??」

「お前は自分の外見が中学生だってことを自覚しろよ。そんな格好の中学生連れてたら間違いなく僕が職質されるよ。」

「それ以前にもうあのスーパーいけなくなるよね。着替えるからちょっと待って。」
と言うとその場で着ていたキャミソールを脱ぎ捨てて、洗濯機のなかなか洋服を取り出す。
カーキのズボンと白い7分袖のシャツ。

「千歳、白シャツは透けるから下になにか着なさい。」

「えっ、ブラ付けてるよ??」

そのブラが透けるんだよ!!
と心の中で突っ込み、僕の薄手のカーディガンを羽織らせた。
本当に紅葉さんさえいなければ、適度に楽しい同棲生活を送れるのではないかと思う。


ビニール傘を相合い傘して出掛ける。

静かな雨。
7月に入るというのにやや肌寒い。