今年はなかなか更新ができてないボクです
んで
ちょっと気持ち的にめっちゃ落ち込むけど今年一番の出来事について書かせてもらいます。
今年は何度か沖縄に帰ることがありました。
その理由として、4月頭頃、親父に末期の膵臓癌がみつかり、既に肺、肝臓にまで転移しており手術不可能、余命約9ヶ月と宣告されました。
母親曰く、去年8月頃から体調がよくなかったとか…
近くの病院で検査を受けるも、その時には何も発見されず、
今年3月に琉球大学付属病院(だったかな)に検査入院してやっと発見された時には手遅れ、ということでした。
報せを母親から受けたときは本当に目の前が真っ白になったって表現が正しいっすね
ちょっとの間仕事にも身が入らず、学校にも行く元気がなくなってしまってました。
そんなときに一昨年にパパと慕っていた人を亡くした友達に相談をしてみたら…
「まだ今は生きてるんだから一回でも多く会いに行って一緒の思い出を作ってあげるのが今できる親孝行じゃないかな」
って言葉をもらい、それからは半年で四回、計十日ほど沖縄に帰っては一緒にご飯食べたり、マッサージしたり、親父の指示を受けながらの家の作業をしたりと少しでも一緒にいる時間を作りました。
そんな中、10月末頃に新たに骨盤、大腸にも転移がみつかりそのまま入院、月開けに大腸の壁が破れ一気に様態が悪化し、11月5日、午前一時前に永い眠りにつきました
正直、こんなこと書いても何も変わらないことは勿論承知してるけれども…
少しでも何か別の形ででも親父の存在の証みたいのが残るならばと思い書かせてもらいました。
こんなダサい記事ででも読んでくれた人が何かちょっとでも変わってくれたりしたら嬉しいです。
長文、暗い内容ながら最期まで読んでいただきありがとうございます。

んで

ちょっと気持ち的にめっちゃ落ち込むけど今年一番の出来事について書かせてもらいます。
今年は何度か沖縄に帰ることがありました。
その理由として、4月頭頃、親父に末期の膵臓癌がみつかり、既に肺、肝臓にまで転移しており手術不可能、余命約9ヶ月と宣告されました。
母親曰く、去年8月頃から体調がよくなかったとか…
近くの病院で検査を受けるも、その時には何も発見されず、
今年3月に琉球大学付属病院(だったかな)に検査入院してやっと発見された時には手遅れ、ということでした。
報せを母親から受けたときは本当に目の前が真っ白になったって表現が正しいっすね

ちょっとの間仕事にも身が入らず、学校にも行く元気がなくなってしまってました。
そんなときに一昨年にパパと慕っていた人を亡くした友達に相談をしてみたら…
「まだ今は生きてるんだから一回でも多く会いに行って一緒の思い出を作ってあげるのが今できる親孝行じゃないかな」
って言葉をもらい、それからは半年で四回、計十日ほど沖縄に帰っては一緒にご飯食べたり、マッサージしたり、親父の指示を受けながらの家の作業をしたりと少しでも一緒にいる時間を作りました。
そんな中、10月末頃に新たに骨盤、大腸にも転移がみつかりそのまま入院、月開けに大腸の壁が破れ一気に様態が悪化し、11月5日、午前一時前に永い眠りにつきました
正直、こんなこと書いても何も変わらないことは勿論承知してるけれども…
少しでも何か別の形ででも親父の存在の証みたいのが残るならばと思い書かせてもらいました。
こんなダサい記事ででも読んでくれた人が何かちょっとでも変わってくれたりしたら嬉しいです。
長文、暗い内容ながら最期まで読んでいただきありがとうございます。



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