社会人になってから、ひょんなことから九州に転勤になりました。

当初1年ぐらいの勤務であろうと思っていたら、相性がよいのか非常に居心地がよく、だだをこねて4年ぐらいおりました。

そんな田舎暮らしの生活をしているさなか、久々に町に出かけたときに立ち寄った紀伊国屋書店で見つけたのが表題の「バルカンをフィールドワークする」でした。
一橋大学の中島教授の旧ユーゴスラビア(ベオグラード、マケドニア)への留学の話を中心に、言語の発音や方言の分布地図を作るフィールドワークの方法、マケドニア料理のレシピまで載っている、非常に読み応えのある本でした。

著者が楽しみながら書いたんだということは、本の端々から伝わってくるすばらしい本です。

アカデミックな部分はもちろん、料理とお酒の話の部分は秀逸なのです。
この本を読んで初めて、「マケドニア」という国のことを知りました。

著者の留学経験が面白かったのもあるのですが、マケドニア語の持つ特徴(スラブ系の言葉なのに、スラブ系の言葉のある特徴が見られないなど)とそれが地理的・歴史的な背景が影響を与えたのか?という件を読んで、マケドニア語に興味を持つようになりました。

そして、いつしかマケドニアという国に心を鷲掴みされる様になりました。


おまけ:この本は、今でも海外に長居する時に必ず持っていく本3冊のうちの1冊なのです。
残りの本は何か。
たぶん、一緒に飲みに行ったことがある方はご存知だと思います。
非常にベタな本です。
表題の映画、ギリシャが生んだ巨匠 テオ・アンゲロプロス監督の1995年の作品です。

この作品をはじめて見たのは、学生時代に住んだ京都の街外れにある二番館兼ミニシアター。
ハーベル・カイテル扮するギリシャ生まれでアメリカ帰りの主人公の映画監督Aが、20世紀初期にバルカン半島で初めて撮影された幻の作品を捜し求めて、バルカン半島を縦断する、いわゆるロードムービーです。

ギリシャを皮切りにに、アルバニア、マケドニア、ルーマニア、新ユーゴ(現在のセルビア)そして最後にたどり着いたのはボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエヴォ。幻のフィルムを探してこれらの国を旅する途中、過去のこれらの国の出来事が重なる、重層的で不思議な作品なのです。

全体的に漂う、色の無い暗いトーンの風景と、重厚な音楽。
話が重層的なのに、淡々としていて睡魔に襲われながらもなぜか心惹かれるものがありました。

暗いトーンながらも、美しい映像。

それ以上に、作品の端々に滲み出る、バルカン半島の持つ歴史の複雑さ、そして「帰郷」と言う形で表現された内面への回帰。一筋縄ではいかない、ややこしい話なのですが、今でも私のベスト10に入る作品です。

マナキス兄弟が映画を撮影した20世紀当初、サラエボの銃声から第一次世界大戦が始まり、作品の最後、霧のサラエヴォで鳴り響く銃声。

この作品が撮影されたころは、ボスニア紛争の真っ只中でした。

交通の要所でかつ、肥沃な大地を持つ場所だからでしょうか。多くの民族が住み、行き交い、争ったこの地域。

テオ・アンゲロプロス監督のこの作品を見ることで、ますます心奪われてしまいました。
この国に興味を持ったきっかけは、2つあります。

1つは、作家の五木寛之氏の本。「ソフィアの秋」イコンとは何ぞや。
そこからリラ僧院(ブルガリア正教会の中で最も知名度が高いといわれる修道院)に興味を持ち、いつか行ってみたいと思いました。
ちなみにイコンとは、正教会にある、キリストや聖母マリアや天使の絵が書かれた板や壁です。


もう1つは、ブルガリア人との面白い出会い。遠い昔、国関係のとあるレセプションで出会った方がブルガリア人だったのです。彼女は、翌年から交換留学生として広島大学に来るらしく、日本に来たら会いましょうと、会話を交わしました。

日本に留学中に何度かお会いしましたが、帰国してからはすっかり交流が途絶えておりました。


それから数年後、思わぬ場所で彼女と出会ったのです。

それはどこか。
私の母校の学食なのです。
私の母校は広島ではありませんし、彼女が留学していた日本語学科はありません。

それゆえ、似ている人がいるけどまさか、と声をかけるのを躊躇しました。しかし、こんな面白いすれ違いはそうそう無いだろうと、勇気を出して声をかけてみました。(女子をナンパする男性はこんな気持ちなのでしょうか)

正解でした。お互いびっくりしました。
彼女は研究生として、1年前から文学部に来て夏目漱石を研究していたらしいのです。

今まですれ違ったこともなかったのに、私が卒業を数日後に控えたそんなタイミングで会うとは。

本当に不思議なものです。
なぜか、ご縁を感じた国でした。


ちなみにリラ僧院、ここも行きたいなあとの思いが実現するのに10年近くかかりました。笑
偶然のきっかけから興味を持った、ユーゴスラビア。

田舎街から脱出するころには、すでにかの地で内戦が始まっていました。

さすがに、内戦中だから現地に行くのは難しいなあと、マイブームは下火になっておりました。

そんな時、テレビで見たのがドブロブニーク。
世界遺産に指定されている、海に向かって城壁に囲まれた古い街で、かつては貿易で栄えた街です。

港町、古い町並み、路地裏が好きなこともあると思うのですが、この美しい街を見たときに一目ぼれしました。

いつかかの地が平和になったら行きたいなあと切に願いました。

その夢が実現したのは、この街を知ってから約10年後のことでした。
なんとなく、かの地について書きたい気分なので、気の向く限りかの地に関する話を書いてみます。

かの地に興味を持ったきっかけは、本当に偶然でした。田舎で学生だった当時、本屋の片隅に平積みされていた本の帯のコメントが目に留まりました。


「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、そして1つの国」「何だろう」手にとってぱらぱらとめくった本は、ハードカバーのえらく分厚い漫画でした。

その本のタイトルは、「石の花」。第二次世界大戦期のユーゴスラビアを舞台にした漫画でした。

帯に書かれていたコメントは、かつてユーゴスラビアが1つの国だったころ、この国について語るときに使われていたフレーズなのです。

この漫画がすこぶる面白かったこともあり、かの地に興味を持つようになりました。


この本にまつわるユーゴとはまったく異なる偶然の出会いもありましたが、本題からそれるので省略します。

世の中、どういう風につながっているかわからないものですね。