・絶望(英:despair 独:Verzweiflung Aussichtslosigkeit Trostlosigkeit)
・嫉妬(英:jealousy 独:Eifersucht Neid)
・無力感(英:a sense of helplessness 独:Ohnmacht Machtlosigkeit)
私がここ数週間感じているものは、絶望、嫉妬そして無力感。
これら負の3大感情は誰でも持っていると言われと思う。それぞれ個人の感じる大きさは違えども、それは決して楽なものではない。
私が絶望感を覚えたのは数日前のゼミでの研究を発表する場でだ。
発表するときの私は自分自身を冷静であると思っていたが、
ふと手を見るとその手は震えていた。まるで生まれたての小鹿のように。
そのときまったく緊張しておらず、声の調子はいつもより低めで、あたりを見回す余裕すらあったが、私の手は震えていた。
そのこと気付き始めると話口調は速くなり、10分の発表が7分あたりで終了してしまった。
私は周りの顔を見るのが恐ろしくなり、顔を下に向け、PowerPointの画面が映っているモニターを見ていた。
実はこれは初めての経験ではない。
ゼミの自己紹介の時にも同じことが起きていたのだ。
そして今回の発表では前回の失敗を繰り返さないように心がけていたが、
今回は手の震えに気付き、話している内容がPowerPointに書いてることをただ読み上げているだけで、頭は完全に思考停止状態になっていた。
この2回目の失敗により私の発表は失望になったわけだ。
嫉妬という言葉は私の生涯を通じて私の頭から離れはしないもの。
彼をいつ覚えたのかは私は覚えていないが、最近の嫉妬の私の許容量はピークに達している。
生活環境、勉強、体力、において私は嫉妬してきた。小学校では生活環境に。中高では勉強に、大学では体力に。
これは私にとっては克服しがたいものであり、一生付き合っていく姿勢を示さなければならない者たちである。
彼は恐ろしいもので、一時忘れては、また再び巨大になって私を襲う。分散して、それこそ細かく細胞単位で来るのであればこんな苦言を言わずに済むのかもしれないが。
絶望して嫉妬してしまった私には残ったものは無力感しかない。
無力感こそが私の最も愛すべき感情であり、誇りであった。
無力感がない者を私は逆に嫌う。そんな者は面白くなく、退屈で、何もなしえない、ただの怠け者だからだ。
無力感があるからこそ、必死になる。無力感があるこそ、これ以上妥協を許さない。無力感があるからこそ、面白いことができる。
自分は力があると思いあがるのも、きっとそこには無力感もあるはずだ。
無力感に乾杯。
