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IKUMAの長旅&途中下車

続き物なので、古い順で読んで頂けるとわかりやすいです。

【主な旅】
①青春18きっぷ、1回分(1日)でどこまでいけるか?
②東京~長崎、熊本の旅(在来線、フェリー)
③在来線で、日本横断の旅
④山梨散策

ご覧下さり、ありがとうございます爆笑

会津若松編です。
バスを降りて、会津武家屋敷に来ました。



会津武家屋敷は、松平容保の家老「西郷頼母(さいごう たのも)」の屋敷が復元されています。
チケット買って中にはいりますが、年間パスも売ってます。


幕末、会津藩は、松平容保の元、京都守護職として京都の治安を守っていました。新選組も関わりますね。

しかし、西郷頼母は、当時の情勢から、京都守護職になることを強く反対していました。

結局、松平容保との考えの違いから、解任されてしまいます。しかし、戊辰戦争が勃発してからは、請われて復帰をしました。


下の写真は武家屋敷の入口近くです。

なぜか柔道の銅像がありました。こちらは、「西郷四郎」の銅像になります。

小説「姿三四郎」のモデルになった人ですね。ドラマや漫画でも登場したりします。

そして、柔道の幻の技「山嵐」を編み出した柔道家でもあります。



ニコなるほど!で、なんでここに銅像が??グラサン

西郷四郎は、西郷頼母の養子で、次の家督を継いだ人でもあります。中には、柔道着なども展示されています。

ちなみに、頼母も柔術をやっており、子供の西郷四郎に教えていたようです。


戊辰戦争の会津藩は、ご存知の通り悲劇でした。迫りくる政府軍、二本松隊は全滅、白虎隊は自刃。

そしてここでも、悲劇がありました。では、武家屋敷に入ってみます。


当時はこんな様子だったのでしょうか。昔にタイムスリップした感じです。

こちらは、いわゆる応接間。
西郷頼母の家は、家老としての屋敷でもあるので、執務や政治の舞台にもなったようです。


続きます!
ではでは爆笑

ご覧下さり、ありがとうございます爆笑

会津若松編に戻ります。

飯盛山近くに「白虎隊伝承史学館」に入ってみます。

個別の撮影は出来ませんが、全体的な雰囲気だけならと言う事で特別に許可頂けました。

当時の道具や衣服なども飾られています。


他の博物館も一緒ですが、このような、人が身につけていたり、愛用していたものを見ていると、、当時の様子が想像しやすくなりますね。


次は、当時の武家屋敷も見に行ってみます。

続きます爆笑
ではでは!
 

次の日、さらに番外です。
朝は青空でしたびっくり


高知城や駅まわりなどは、ボランティアの人が朝から掃除してました爆笑

電車も通常運転になりました。今日から愛媛方面にいけます。

台風18号の配信[番外編]でした。


今後また配信します。
ではでは爆笑