【祖型塾】総裁選は残念な結果になったが、悲観しない!!
こんにちは![]()
この頃はblog更新が渋りがちになった。
たしかに毎日忙しくしているというのもあるが、こうしてパソコンの前に静かに座って、という動作になかなか行かないのも事実である。
そんなわたしでも頭の中は絶えずいろいろなことを思考しては自問自答みたいなことをやっているわけで、ここ最近は自民党の総裁選に敗れた高市早苗議員のことを思い出している。
ほんとうに真っ正直な気持ちをいえば、高市氏には総理大臣に成ってほしかった!!
決選投票で石破茂に敗北したと聞いたときは、心の底から落胆したものである。
石破茂というのは表向きは保守を装っているが、日頃の言動をみると保守どころか戦後民主主義に縛られた無自覚左翼であって、強い自虐史観の持ち主であることが明白だ。
また、石破茂はこのようにも公言している。
「今までにも靖國神社には参拝したこともないし、
戦犯を祀る靖國神社にはこれからも参拝するつもりはない」
日本人に生まれて育った人間が長じて我が国の政治家となり、この発言である。
このような人物が総理大臣とは・・この先どうなるか容易に想像できてしまう。
わたしは日本人としてこう思う。
靖國神社には「戦犯」などというものは存在していない。
そもそも「戦犯」というのは一体誰が決めつけたものなのか? まさかに日本人ではないだろう。
我が国は先の大戦で敗北を喫し、アメリカを筆頭とした欧米列強の占領下に入った。
そのときアメリカ主導で行われたのが東京裁判(極東国際軍事裁判)である。ここで初めて「戦犯」というのがA級、B級、C級とランク分けされて登場した。
つまりは戦争に負けたことによる敵国からの理不尽かつ横暴な蹂躙なのである。
こんなもので定められた「戦犯」というのは、純粋な日本人であるならば認める気にならないはずだ。
むしろ怒りであり、激しい抗いであり、決して忘れてならぬ屈辱であろう。
敵国にいいように蹂躙されて、強引に押し付けられた「戦犯」などという恥辱を、認めてしまうほうがどうかと思う。
それを日本の政治家である人物が堂々と公言するのだから、よほどに舐められた国家に成り下がったのかと嘆きたくもなる。
今回、第102代目の内閣総理大臣に就任した石破茂は、まぎれもなく無自覚左翼であり、日本大事よりも親中派であり、保守を気取っただけの気味の悪い存在と言えよう。
高市早苗議員は、この石破茂総理大臣とはまったく真逆の思想の持ち主であり、虚言・妄言をさも賢そうに語る石破とは違って、実の伴った有言実行型の政治家である。
高市氏ひとりに力を集約するのではなく、分野ごとに優れた人々の力を結集して政治を生かそうとした、まことに稀有な存在でもあった。ここが実に惜しい。
一回目の投票で高市氏は一番に支持されていたにもかかわらず、決選投票となって他の反日議員、無自覚左翼議員たちがこぞって石破に票を入れた。
どうしても我が国の国力を上げたくない日本人ではない(親中派)議員たちが自民党に在籍しているということなのだろう。
まったくあり得ないことだと思う。
外国における政治家の多くは、リベラルだろうと保守だろうとその心の底は愛国心に溢れているものだ。
ところが我が国の場合は違う。
愛国心があるのか、ないのか。
まさにその差であり、リベラルも保守も単にポーズでしかないようだ。
非常にレベルの低い政治家ばかりが集約した国家となっている。これが現状である。
兎にも角にも我が国はどこかで生まれ変わらなければ、この先も堕ちていくばかりだろう。
各分野で活躍する素晴らしい人材も、志高い人々も、すべての輝くべき人たちが報われない世の中となってしまう。
これだけはなんとしてでも避けたいものだと思う。
ただ、こうして書いていると悲観しているように思われるが決してそうではなく、わたしは心の底から日本人の力というものを信じている。
それは私たちの先祖である皇祖、天照大御神さまが孫の邇邇芸命に託した、天壌無窮の神勅が今も生きているからである。
畏くも天皇陛下におかれましては日常生活の最中に、そのことを体現されておられ、わたしたち国民を慈しみの心(大御心)で守ってくださる。
こればかりは純粋な日本人であれば、心の底から沸々と湧き上がる感情として理解できることではあるまいか。
先の総裁選で高市氏は敗北したが、大丈夫。
日本は神の国である。世が乱れ、荒廃の一途をたどるときは必ず神風が吹く。
そうしたとき高市氏の復活は十分あり得ることだ。
そして高市氏だけではなく、尊皇保守を心とする日本人の力によって国力は守られるだろう。
その日に備え、各位は適材適所にて役割(うけもち)に精進したい!!
最後に「天壌無窮の神勅」について、現代語訳を添えておきたい。
【天壌無窮の神勅】
日本の国は私(天照大御神)の子孫が治める国です。
あなたが行って治めなさい。
さあ行きなさい。
天照大御神の御心で治めるならば、
日本は天地とともに窮まりなくさかえるでしょう。
天照大御神は、
高天原(たかまのはら)から人間が住まう地上を見て、
あの地は「私の子孫が治めるところ」ということで孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)を地上に降ろさせます。
天照大御神の孫が降りたから
「天孫降臨」です。
このとき、天照大御神は降りませんが、
孫の邇邇芸命に言葉(三大神勅)を伝えます。
こんな国を創って下さいと託すわけです。
神勅の中に、
「治める」とありますが、
原文は「治(しら)せ」とあります。
こちらの対義語は「領(うしは)く」です。
「うしはく」は権力でもって治めること。
「しらす」は、そこに存在しているだけで自然と纏まるという感じです。
「天皇は国民から搾取して永遠に栄えなさい」みたいな意味ではなく、
天照大御神の御心で治めれば、
日本は限りなく栄えますよと言う感じです。
本日はいつもより長くなりました。
最後まで御覧いただきまして、ありがとうございましたm(__)m
感謝と敬意をこめて。
すめらみこといやさか
すめらぎいやさか
すめらみくにいやさか















