今回はちょっとだけ堅めの子育ての話。

仕事で品質屋をしているママのごくごく個人的な考察なので、不快な方は避けてくださいませ。


最近、心理的安全性みたいなワードが流行ったりしましたが、この考え方自体はそんなに新しいものではなく、ピーター・センゲの学習する組織、あたりでは、すでに言われていたような気がします。


個人的に、褒めない、叱らない論争ですが、どっちもしっくりこないんですよね。

たぶん、良いこと、悪いことを親が決めること、つまり「評価」と、子供との対話、つまり「フィードバッグ」がごちゃ混ぜになってるせいかなーと思ってます。


大人でも子供でも、基本的に「罰」、つまり負のフィードバッグは、学ぼうとする気持ちを止めてしまいます。

その理屈は色々なところに書いてあるので割愛しますが、普通に考えて、怒られるのは嫌なものですからねー。


そして、「褒める」のも危険だというのは、デミングっていう品質の偉い人が昔からいってました。

だって、褒められたいって思うと、みんな自分を偽るでしょう?(笑)

インスタの「映え」みたいなやつです。

これは、対話(双方向フィードバッグ)の質を悪くするってことなので、これも良くないって話です。


要するに大事なのは「学び続けているか」、だというのが、品質屋の結論なんですよね。

そして、人間が学習するには、フィードバッグ、つまり自分のやったことの結果が返ってくる必要がある。

だけど、良い、悪い、褒める、叱る、みたいな単純化した評価をしちゃうと、そのフィードバッグの連鎖が止まっちゃったり、歪んじゃったりする。


品質哲学の言葉を使えば

叱る(負のフィードバック)は恐怖で学習を止め、褒賞は動機を外在化してフィードバック回路を歪める。


うん。

やっぱり、褒める、叱るは、毎日の学びにはあまり良くない感じになりますね。


・事実を返す

・影響を共有する 

・選択肢を示す 


評価(良い/悪い、できる/できない)は可能な限りいわない。

実際問題、子供の生きていく20年後の世界がどうなってるかなんて、私らには分からないわけで(笑)

何が正しいかなんて、分からないことの方が多いですしね。


ただ、絶対に伸ばしちゃいけない、非倫理的、非道徳的は負のフィードバッグで抑えることの効果はあり得ます。

・他者を傷つける 

・不正・欺瞞

・安全を破壊する

これらの行為は学ばない、で良いと個人的に思っています。


あと、動機付けが難しい場面でのスタートに褒める、もしくはご褒美の設定はアリでしょう。


ここで個人的に大事だなーと思ってるポイントは、


・結果は遅れて出てくる


これです。

子育てしたことのある人、まぁそれ以外でも皆様経験あるとおもいます(笑)

結果って、すぐ出ないんです。

前述の学習する組織、とかでも書いてあるんですけど。

そして、それは当たり前なんですよね。


でも人間って、結果がすぐに目で見えないと焦って余計なことしがち問題になるんですよ(笑)


日本型教育のアカンところは、品質屋から見ると、

・即時評価

・介入過多

だと思います。


本当は正解のない世界で、先のこともわからないのに、直ぐに◯✕つけたがるのは、日本人の良くないクセだなーと日々思います。

何がよくないって、◯✕つけたいばっかりに、勝手に基準つくっちゃうんですよね⋯検証不十分な前例、例えば「私はこうだった」とかで基準決めちゃって。

マジでよくないと思います。コレ。


まぁ、待つのって、怖いですけどね。

でも投資の世界でも言われるじゃないですか、

一番成功するのは、亡くなった人か、投資したのを忘れてる人(笑)


つまり、世界も未来も結局予測できない。

だから「やれるだけやったら信じろ!!」という(笑)

果報は寝て待て方式。


結局こういうことかなーと思ってます。

まぁ、子育てについては結果をどう考えるかっていうのも人それぞれですし。

私自身、ずっと勉強中なので偉そうなことは言えませんが。


品質屋としては、評価を避けたフィードバッグの維持、つまり、褒めたり叱ったりは極力しないけど、たくさん会話する、で行こうと思ってる今日このごろです。