もうすぐ4月。
何もしていないのに、「長い長い」と言われていた冬もあっという間に過ぎてしまい、北海道へ来てついに一年が経ってしまう。
こんなに家にこもって生活したのは、赤ん坊の時以来じゃないかしら。
雪はだいぶ溶けてしまい、道は走り放題
でも正直全然ワクワクしない
「一年目だから大変だわ」って思ってたけど、大変な時期が過ぎてしまったら、あとは退屈なだけなんじゃないかという不安が襲ってくる。
人生ってなんだっけ?
田舎に来てみたら、そんな疑問をごまかしてくれる娯楽がなくて、私はからっぽになってしまった。
からっぽの穴を埋めたくて、色々と食べ物を詰め込んでみるが、当たり前すぎて馬鹿らしいけど、一つも埋まらない。
子どもがいてくれるおかげで、辛うじて“母”というアイデンティティは残ったが、保育園や幼稚園へと出ていくことで、それも薄くなっていくんだろうな。
私のしょうもない哲学話を延々聞いてくれる友達もここにはいないし、だんなは忙しすぎて、最近はほぼ顔を合わせることもない。
こっちで会う人はみんなニコニコしてくれるけど、全然心を許してくれていないのがわかる。
それは土地柄なのか、私が受け入れられたくてオドオドしているせいなのか、よくわからない。
もしかしたら東京でも同じだったのかもしれないけど、あの街の大きさと人の多さで薄まっていて気付かなかっただけなのかもな。
私って誰??
なんだか大沼に沈んでしまいそう。
隣に誰が住んでいるのか知らなくても済んでしまうようなところで生まれ育った私は、この土地に怯えております。
といって、東京に戻っても、自分がからっぽ人間であることに気付いてしまったからには、もう以前のようには暮らせまい。
いや、本当はもうとっくに気付いていたんだろうな。
だからこそ色んなことをやってきたんだろう。
一生懸命自分という存在を形にしたくて、もがいてきたんだな。
中身の無いまま33年間も生きてしまった以上、今後はいかにそれを受け入れて病まずに生きていくかがテーマになるんだろうか。
何にも積極的にしなくても、もがいてみたとしても、時間は同じように流れて、いつか肉体は消える。
幸せに感じるのか、不幸に感じるのか、または何も感じないように生きるのか。
それだけの違いなのかもしれないと思った。