仕組みは分からないがシンク下に大掛かりなタンクが入っており、そのタンクを循環して浄水は出てくる。
仕事が出来るユキ姐は、家を明け渡す際に浄水器のレフィルを新品に交換していってくれていた。
そして入居からおおよそ1年が経とうとしている現在、カートリッジの交換時期が来たとユキ姐が業者を手配してくれたのである。
カートリッジ交換業者は非常に陽気な髭もじゃおじさんである。
髭もじゃおじさんは眩しいほどの笑みを浮かべ、高速でひよこよさんにポーランド語で喋っては1人でウケていた。
何を言ってるか分からないが、ぶっきらぼうさんよりかは遥かによい。
手際よく作業をこなしていく、ご陽気髭もじゃおじさん。
1年使ったカートリッジは大分と茶色になっていた。
そのカートリッジに溜まった水を抜く作業をしている時、髭もじゃおじさんがひよこよさんの出身を聞いてきた。
日本だと言うと、
『日本語知ってるで!
あり…ありが…ありがとうや!』
と嬉しそうに話してきた。
完璧やん、と返していると髭もじゃおじさんは
『もっと日本語知りたいんや。
挨拶と愛の言葉を教えてくれ。』
と熱心な様子を見せてきた。
ご希望通り挨拶と、愛の言葉=“好きやねん”を教えた。
日本人とて“愛してます”などを言う場面などほぼないに等しい。
どこぞの日本人が“愛してます”などと言うのだろう。
聞いたこともないし、夫にも言われたこともない。
聞くことがあるとすれば、来日してきた海外アーティストが
『アイシテマース、ジャパーン』
と手を振る時くらいだ。
なので使用頻度が高い方がいいだろうと、
ここはひよこよさんの独断で“好きやねん”にしておいた。
カートリッジの汚れ水を出して綺麗に内側を洗う髭もじゃおじさんは、その間も
『スキ…スキヤネン…』
と日本語を繰り返している。
業者さんの類いにしては珍しいほどの微笑ましさにほのぼのとした時間が流れていた。
しかし浄水装置に入れる錠剤薬の封をすべて、髭もじゃおじさんが自らの口で開けるのが非常に気になる。
破れにくいビニールコーティングの錠剤薬。
それを全て全力で髭もじゃおじさんが歯で食いしばって破り、
パラパラと薬をフィルターの中へ。
その立派な工具バッグの中にハサミはないのだろうか。
家具家電の修理ならまだしも、よりによって浄水レフィルの封を全て己の歯で食い破った。
『2時間ほど経てば薬が溶けて浄水されるようになるで。
でもしばらく水は放水してくれな。』
そう言うとご機嫌に帰って行った。
楽しい髭もじゃおじさんであった。
その陽気さと、日本語を知りたいという嬉しい時間でもあった。
なので全ての交換アイテムを口で食い破ったことは放免としたい。
とはいえ2時間後、気持ち長めに放水を続けたひよこよさんであった。
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