長男(11歳)には想い人がいる。
モスクワの学校で同じクラスだった、インター唯一の日本人であった女の子だ。
名前はMちゃんという。
長男は途端に虜になった。
学校から駐車場までの30mほどの短い距離をMちゃんと長男はデートのように楽しみ、
手作りのバレンタインチョコというものを人生で初めて貰った長男は嬉しそうに、愛しそうにそれを平らげていた。
ひよこよさんもMちゃんが大好きである。
5歳や6歳の子であれば両親のことを“パパ”“ママ”と呼ぶ子が大半のなか、
Mちゃんは“お父ちゃん”“お母ちゃん”と呼んでいたのもひよこよさんが心惹かれる理由のひとつ。
ちなみにスープの類を“お汁”と呼んでいることを知った時は心臓を射抜かれたのを今でも覚えている。
ひよこよさんが本帰国する少し前にMちゃん家族は日本へ戻ることになり、長男は
『ずっとずっと大好きだよ』
と泣きじゃくりながら見送っていた。
本帰国後はひよこよさんのWhatsApp(LINEのようなチャットアプリ)が使えなくなってしまい、
Mちゃんのお母さんとのやり取りが出来なくなってしまった。
長男がMちゃんの話をする度に
『何でメールアドレスを聞いておかなかったんやろか』
と悔いに悔いた。
しかしある年の2月、Mちゃんのお母さんがひよこよさんのインスタから連絡をくれ、
長男へバレンタインのチョコレートを送ってきてくれたのだ。
長男は喜びを爆発させ、同封されていた手紙を穴が空くほどに読み返していた。
このご時世、親同士のLINEがあれば近況報告などは簡単に出来る。
が、お互いの子どもたちが自分の携帯を待つまで手紙でやり取りをさせようとMちゃんのお母さんと決めた。
切手を貼って郵送する手紙のやり取りをするなど最近はあまりない。
とても良い経験だったと今でも思う。
それからというもの長男はクリスマスや誕生日、バレンタインはサプライズも込めて自分からプレゼントを送った。
『大切な人が読むんやで。
読みやすい字、分かりやすい話を書くことを心がけるのが大事なんや。
女心も汲もうや。
母さんは長男を男と見込んで教えるわ。
声が聞こえない、顔が見えない、会えない分、手紙は直接的に気持ちを伝えるんよ。
“好き”と伝えることは照れるかもしれんけど恥ずかしいことやない。
“好き”と伝えるのが恥ずかしくて他の男に取られるのが嫌やったら、ちゃんと伝えるべきやと母さんは思うで。』
毎回手紙を書くことに母子共々真剣勝負である。
たまに船場吉兆、ささやき女将並みに口を出した。
長男はMちゃんにとにかく一途で、
今をときめく人気の女優さんや歌手を見ても
『Mちゃんの方が可愛いから』
と全くなびかない。
小学生なんて『好きな子は6人くらいおる』みたいな子がほとんどであろうに、
長男は武士みたいな、一生同じ相手と添い遂げる丹頂鶴のような恋をしているのだ。
手紙のやり取りが2年ほど続いたある日、
Mちゃん家族は新たな海外赴任へと旅立ち、
その1年後、ひよこよさん家もポーランド赴任となった。
それに伴い、満を持して長男にのみケータイを契約して持たせた。
つまりはもう子どもたちだけで連絡を好きに取れることになる。
親同士も『あとは若いお二人で…』スタンスに入った。
ポーランド時間の日曜日、19時からは長男がMちゃんと電話をする時間である。
『今からMちゃんと電話するから』
と子供部屋のドアを閉めるのだ。
ドアを閉めて、長男が好きな女の子と電話をしている———何ということだろうか。
ドア1枚を隔てて、あの長男が!
好きな女の子と!!
電話をしている!!!
モスクワ時代から始まり、日本で文通をし続け、
ついにお互いに携帯を持って電話を———-
そう思ったらひよこよさんのテンションが爆上がりしてしまって、
居ても立っても居られず、子供部屋のドアの前でレディーガガの“telephone”を全力で歌いながら踊っていたら長男にくそ怒られた。
たっぷり2時間の電話を終えてリビングに戻ってきた長男は、水を飲みながら
『あー…可愛かった…』
とひとりごとをこぼした。
なんやこれ
恋って最高やんけ
モスクワを去ってからMちゃんに会えたのは一度だけ。
この恋が初恋の長男は遠距離の辛さがまだ分からないのかもしれない。
というよりも、自分が“超遠距離”を経験しているということも気がついていないのであろう。
いつかまた、数年後かにMちゃんに会えたら。
電話でさえ浮き足立って踊ってしまうひよこよさんは、そんな夢のようなことが起きた際は炊き出しのひとつでもしてしまうかもしれない。
しかし今のひよこよさんがやるべきことは炊き出しではなく、
長男を立派な男に育て上げるということだろう。
いつかそんな夢のようなことが起きる時のために、今日もひよこよさんは“立派な男研究”としてソファでNetflixを観るのであった。
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