これはヨーロッパ企画じゃないと出来ないな。
思わず唸る映画だった。


閉店後の喫茶店。
自室に戻ったマスターは、モニターに映った自分に話しかけられる。
どうやら”彼“は2分後の自分らしく…?
常連やウェイトレス、淡い恋心を抱くお隣さんを巻き込みながら、2分後の未来が加速していく…。
ヨーロッパ企画と上田誠が仕掛ける、新感覚の時間SFコメディ。


これは映画じゃない!演劇だ!
普段劇場に足を向けない人が、映画という形で観る演劇だ。
その功績は大きい。

なぜならスタイルが完全に演劇で、圧倒的ライブ感の元に成り立っているからだ。

演劇では、空間、登場、設定が決められている。
映画のような一瞬の場面転換には適していない。
そして再現性が無いことは出来ない。
制約の中でどれだけ要素を掘り下げて、ストーリーを発展させていけるかにかかっている。

演劇を観ない人へは、ショートコントというと分かりやすいだろう。
ボケとツッコミがおかんと子供、店員と客などに分かれ、双方の認識のズレを掘り下げていく、“変わった”キャラクターが変な動作を繰り返す。

制約が増えれば増えるほど個性的で、オリジナルな作品になっていくが、それと共に話を広げにくく、尻すぼみしてしまう。
(限定され過ぎたシチュエーションで、中だるみすることなく面白かった演劇
『サンクコストは墓場に立つ』

美少女が天才で、かつ格闘技がうまくて、お嬢様である。
キャラクター性を味付けしまくったライトノベルで、最後までその要素全てを活かしてストーリーを盛り上げた作品はみたことがない(偏見)
せいぜい可愛いのに強いギャップに萌える、しかり、視聴者に覚えてもらうためのアイテム、のような役割しかない。

だからつまらない。
キャラクターを観るためのストーリーになってしまうから。(寧ろご都合主義で行き当たりばったり増やしたのでない、丁寧なキャラ設定がストーリーに活きるラノベがあるならみてみたい)


話がずれた。
即ち演劇は自分等に課した制約がハマればハマるほどクオリティが上がるという話。

この映画で言うと、“2分後の未来が見える”設定と、“カフェとそのビル”という場所の制約。
2分後の未来が見えたって、ただのカフェにいるんだから特別変えられない。
そんなツッコミを入れれそうなショボい力だけど、三人寄れば文殊の知恵、最初から行き詰まりを感じる“2分”の設定を拡大し、広げていくのが驚きだ。