その場所の前を通ると、胸の奥が少しざわつく。
ここに引っ越してきた五年前から
ずっと視界の端にあった場所だ。
そこには、いわゆるゴミ屋敷と呼ばれる家があった。
近所迷惑や異臭、火事の不安といった言葉が
頭をよぎることもあった。
正直に言えば、隣の人は大変だろうな、
こんな家の隣には住みたくないな
とも思っていた。
実は、私の親戚にも、ゴミ屋敷に住んでいた人がいる。
その人とは、普通に話すことができた。
一人でその家に住んでいて、家族は別々に暮らしていた。
小さいころ、たぶん一度くらいは
私もその家の中に入ったことがあると思う。
記憶ははっきりしないけれど
まったく無関係な場所だったとは思えない。
それはまだ、家がきれいだったころ。
いとこの家族が、そこに暮らしていた時のことだ。
だからなのか
ゴミ屋敷を見ると、他人ごとだと思えなくなる。
どうしてこうなったのだろう。
どこで、何が変わってしまったのだろう。
そこに至るまでに、どれほどの出来事があったのだろう。
近所のその家で、最近ようやく片付けが始まった。
関係者らしい人たちが出入りして
家の中から、少しずつ物が運び出されていった。
そしてある日、解体業者が入った。
壁が外され、屋根が崩され
家は音を立てて、形を失っていった。
それを見ていて
安全面や衛生面のことを思えば正直ほっとした。
でも同時に
それとは逆の感情も、確かにあった。
解体が進み、瓦礫が運び出され
しばらくすると、そこは更地になった。
一軒家が立ち並ぶ通りの中で
そこだけが、ぽかんと空いている。
抜歯したあとの歯ぐきみたいに
痛みはないけれど
確かに、何かがなくなった感触だけが残っている。
本当は、なかったところに家が建って
そしてまた、なくなった。
あったものが、なくなっていくのを見て
私は切なくなった。
ゴミ屋敷と呼ばれていたけれど
そこにも、きっと思い出は詰まっていただろう。
かけがえのない物語が
確かに、あの家の中にあったはずだと思うと
とても切ない気持ちになった。
成仏してほしいなと思った。
ありがとう。
さよなら。
バイバイ。
人間の現在地を感じた。
限界を感じた。
孤独を感じた。
ゴミ屋敷というかたちを通して
人間の精神そのものが
どこかで病んでいるのではないかと思った。
助けを求める声が出せなくなること。
誰ともつながれなくなること。
どうしていいかわからないまま
時間だけが積もっていくこと。
それを、私はこの場所で観た気がした。
