僕は4人兄弟の2番目、長男として生まれました。
小さい頃から好奇心旺盛で絵本が好きでした。
親の仕事の関係で引っ越しが多い小学生時代を過ごしました。
小学校に入ったばかりの頃、僕を変なあだ名で呼んだ人の頭を蹴るなど暴力的な行動をして怒られることが多かったです。
授業中では与えられた問題を解き終わった人から他の人に教えるという形式で進められ
誰よりも早くできて、他の人に教えるときに周囲の人ができないことをバカにしてしまうことがありました。
小2の時に僕を甘やかしてくれた母方の祖父は病気が発覚してからすぐに亡くなりました。
その時から、人に甘えることが苦手になったような気がします。
小4の時に買ってもらったゲームに没頭して長時間することが多く親にバスケ部に入れさせられました。
喧嘩をして帰ってしまう困った子でしたが、バスケが得意になりますがここで卒業することなく
老々介護の状態となった父親の実家に引っ越すことになりました。
小6の時に転校した学校でバスケ部に入りますが、監督と馬が合わずにやめてしまいました。
そのことがきっかけでクラスメイトと馴染めず、クラスは学級崩壊寸前のところまで来ていました。
学校に行かず引きこもりがちになり、オンラインゲームに没頭し父方の祖父に叱られて祖父が嫌いになりました。
僕の母親は小学校低学年の頃に担任の先生から僕がADHD・アスペルガーではないかと言われたことがあったらしく
僕に発達障害についての本を渡しました。僕はその人物像が自分にそっくりだと思いました。
地元の中学校に進学することが嫌で、国立大学附属中学校を受験し、受かりました。
父親の実家は元ある家に増築をした関係上、台所を通過しないと行き来できない場所があり、
それを嫌がって僕は一人で食事をとるようになりました。
中学校に入って、科学部の幽霊部員となり、勉強がしたかったわけではなく成績は落ちます。
その間ずっとオンラインゲームをして、そこで作った友達と会話していました。
しかし、小学校時代にバスケをしていたことを知っていた人にバスケ部に勧誘され、入ります。
また、成績のことで親に怒られ、真面目に勉強しはじめ、学校生活が軌道に乗りました。
僕の人生を大きく変えるきっかけがあったのは中学3年生の時です。
僕はバスケ部に誘ってくれた人を好きで、ラブレターを渡しました。
僕は男で、彼も男です。
彼はその手紙を周囲の人に見せ、僕がゲイであることは瞬く間に広がりました。
しかし、中学生活もあと半年で、不登校にならず卒業しました。
高校は地元の偏差値の低い進学校に行きました。
バスケ部に入りますが、高校でもゲイだということはすぐに広がり、ゲイであることでいじられ辞めます。
僕の噂はゲイで売春していて、お金持ちだという根も葉もないものでした。
僕はバレー部に転部しますが、1年の後半半年、部活に行きませんでした。
姉の大学のオープンキャンパスに行き、姉が経済学部で、僕も経済学部に興味を持ちます。
僕は一橋大学でゲイでアウティングされ自殺した人がいるというニュースを見て一橋大学を知っていて、
なぜか目指し始めました。
英語の勉強をして、バレー部にもう一度戻りました。
しかし、祖父との仲は次第に悪くなり、一度、叔父が一人で住んでいる母親の実家で勉強しようとしたものの、
叔父には独り言をいう癖があり、耐えきれず勉強はできませんでした。
高3の9月、精神的な限界を迎えます。
僕の頭の中で、かろうじて繋がっていた糸が大きく音を立てて、ぶちんと切れて人間性を失い
僕は奇行を繰り返すようになりました。
