テレビドラマの食事の撮影   | 人差し指のブログ

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「 向田邦子全対談集 」

向田邦子 (むこうだ くにこ 昭和4年~昭和56年)

株式会社世界文化社 昭和57年8月発行・より

 

 

   鴨下信一 (昭和10年~ テレビプロデューサー)

 

 

 

向田 私がラジオからきたこともあるんですけど、ホームドラマの茶の間は

    一種のサウンドだと思うの。

 

 

    たとえば家族が五人いたら、お父さんのバリトンがあって、お母さん

    のアルトがあって、長女のソプラノがあって、というふうに五人の

    各々の音階がある合唱だと思うんです。

 

 

鴨下 なるほど。

 

 

向田 それに、たくあんを噛む音とか、皿小鉢の触れ合う音とか、コップの

    音とか、せき払いとか、そういう ちっちゃな句読点といいますか、

    サウンドが入るほうがとても生き生きして、いいような気がするの

    ね。

 

 

    たくあん噛む音なんかすごく好きだから、噛んでくれない女優さんが

    いるととても腹が立つ(笑)。

 

 

    森光子さんは、そういう意味では好き、音立てて食べるから。

 

 

鴨下 お茶漬けもちゃんと音を立てて食べるし。

 

 

向田 私が書いたホームドラマは食卓のシーンが長いんですけど、慣れな

    い人たちは、自分の台詞の番だなと思う頃になると、ご飯を食べな

    いの。

 

 

    口に入ったふりして、口だけ動かしてしゃべると、台詞は明確に聞こ

    えるんですけど、嘘なんですね。

 

 

    森光子さんは、誰の番が来ようと、口いっぱいほおばっていて、それ

    で台詞を言われると いかにも いいわ。

 

 

鴨下 森さんは食べるということに関しては本当にうまい。

    ちゃんと段取りがついて、ここでお代わり、となるように食べる。

 

 

向田 おみおつけ(味噌汁)もちゃんと すするし、すばらしい。

 

 

鴨下 ご飯を盛るときに、山盛りにしない人もいやだな。

    ちょぼちょぼって よそったりするのは気持ち悪い。

 

 

向田 ほんと。 それから森繁久弥さんもうまい。

 

    いつかびっくりしたのは、かにを食べながら うまくしゃべったの。

 

 

鴨下 それはむずかしい。

 

 

向田 俳優さんにとっては残酷だけど、そのときの森繁さんのうまさったら

    なかった。

 

 

    足をボキッと折って、爪の先を出して、シャーッて せせるのね。

    竹脇無我さんのも全部 せせってやるの。

 

 

    それでいいところは自分でパクパク食べる。

 

 

    それになおかつ、てにおは を間違えず膨大な台詞をしゃべるんだ

    から、このシーンだけで百五十万円とってもいいと思う。(笑)

 

 

鴨下 加山雄三さんもたくさん食べてくれるね、いくらでも食う。

 

 

向田 若い頃はドカベンって渾名(あだな)があったっていうから。

 

 

どかべんは、日本において「どか弁」または「どか辨」の字を当て、土木作業等に従事する日雇労働者の俗称である土方(どかた)の「どか」と弁当または弁当箱の「べん」を略した呼び名で、土方が常用した金属製の大きな蓋付きの弁当箱または弁当を言う。ご飯大盛りの弁当のことも言う  

                                  ~ wikipedia

 

 

鴨下 僕らが食卓のシーンで困るのは、NGが出ることなんですよ。

 

 

    撮り直しになるともう食べられないでしょう。

 

    ところが加山雄三さんはNGが出ても、どんぶりめしを何杯でも同じ

    ように食える。

 

 

向田 撮り直すと、どうしても食べ方に勢いがなくなってくる。

    目がイヤになってきちゃうのね。

 

 

鴨下 食事にシーンがあると、みなさんおなかを減らしてスタジオ入り

    する。

    でもNGが出ちゃうともう食べられない。

 

 

    いつか、細川ちか子さんがコーラを六本飲んでひっくり返っちゃっ

    た。

 

    相手の池部良さんのNG続きで。

 

 

向田 あれは私が書いた脚本(ほん)

 

 

鴨下 そう。 ひどい話。

 

 

向田 寺内寛太郎をやった小林亜星さんが、夜中に起きて、どんぶり一杯

    水を飲むところでNGが出て、三杯飲んだのね。

    見てて かわいそうだった。

 

 

鴨下 川崎敬三さんは、一升びんの水を息もつかずに飲む特技がある。

 

 

向田 ちょっと気持ち悪い(笑)。テレビで食べ物を作るのは小道具さん?

 

 

鴨下 ええ。

 

 

向田 食事のうまい局と、以外とだめな局が あるんですってね。

 

 

    (TBSの)鴨下さんの前で言うのは気がひけるけど、テレビ朝日が

    いちばん味がいいって。

 

 

    だから、みなさんテレビ朝日のホームドラマに出ると、食費が浮くよ

    って喜ぶの、これ本当。

 

 

鴨下 不思議な話で、役者さんって妙なところでケチでね (笑)。

    かなりの高額所得者が、食費が浮いて助かったって言うからね。

 

                       『話の特集』 昭和五十六年五月号

 

 

 

 

    興福寺の石段に子鹿がいました。       10月23日撮影