親には引かれたけどワイはこっちも好きやで。


ひとりの正しい在り方

 このタイトルでありながら言うのもアレだが、「ひとり」に正しい在り方など無いのである。いや、そもそも生き方に"正しい在り方"なんて無いようにすら思う。あれ?おかしいな。企画破綻だ。
 独り、1人、ひとり。。。
「ひとり」と言うとマイナスなふうに思われることがある。生きていれば、必ずどこかで人の手に触れる。けれど、ここで言いたいのはそういうことではない。日々群れの中で生活しながら、たまにひとりを楽しんでいる人もいる、という話だ。
私はひとりが寂しくない。・・・と言ったら2%くらい嘘になる。たまーに寂しくなるものだ。ただ、あまり寂しいとか悲しいとかそういうマイナスには捉えたことはない。※まあ人による。むしろ喜んでひとりになる。
 「1人で居たら変に思われる」そう思ったことは無いだろうか。ほとんどの人があると思う。でも、良くも悪くも誰も気にしてない。たしかに、学校などといった決まった集団の中で1人でいるとそれなりに浮くような気はしなくもない。それでも、あなたが思っている数百倍は浮いていない。それと、集団に属しといてこんなこと言うのか とツッコまれそうだが、私は人といると疲れる。かなり疲れる。皆そうかもしれないが、極めて私は頑固で自己中だ。建前で言うと、迷惑かけたくない。本音で言うと、ひとりで好きなように過ごしたい。この有様だァ。だからといって人を雑に思っているわけではない。むしろ気にしすぎて、考えすぎて疲れてしまうのだ。あ、すいません、コミュ障なだけなんですけど。
 兎に角、1回独りでショッピングモールにでも行ってみてほしい。誰にも縛られず、本屋に2時間いたっていい。快適だぞ〜。個人的に1人映画館おすすめ。集中できる。あ、ぼっちディズニーめっちゃ楽しいよ。同じ乗り物何回も乗れるし、並んでいる間はスマホ見てても課題やってても大丈夫。
 ただ、独りで寂しい気持ちになるならそれはそれで大切だと思うし、否定する気は無い。
 何が言いたいんだ、と言いたげなそこのあなたに結論を差し上げましょう。この文章は「ひとり」を肯定している。ある種、自己正当化かもしれない。けれど、ここでは「独りになってみる」という選択肢の正しい在り方を綴りたかったのだ。
 結局、社会で生きていく上で必要なのは愛嬌と能力とコミュ力だと思っている。学ばねば。