今、心臓がバクバクして夜中眠れないので
続きの出来事を記録します。
1月26日(土)
34W3D
この日は朝10時半から出かける予定だった。
にも関わらず10時近くに旦那と起きる(笑)
簡単に準備を済ませ、家を出るときに
ふと昨日の姉の忠告が頭をよぎる
念のため母子手帳を取り戻り車に乗り込む
目的地に向かう途中、産婦人科にTEL
事情を説明したとたん...
直ぐに来て下さい! と
この時も正直深刻に考えてなかった

ついてから、モニターで張りをチェック。
そして内診
内診後に言われた一言が、
「もう産まれるかもしれません」
え?えっ?えっーーー?!?!
慌てて一緒にきていた旦那を診察室に呼ぶ。
子宮頚菅は17ミリと短くなっており、
NSTでの張りは陣痛並みだったとのこと。
旦那も真っ青
とにかく家に帰ることも許可がおりず
そのまま即入院...




動揺隠せず…でも隣の旦那の方がもっと動揺してたな(笑)
旦那に入院の準備をお願いする...
こんなことなら早く準備しておけばよかったとまたも後悔

入院後は直ぐに張り止めの点滴を付けられ
安静の指示
それでも張りは治まらない...
母親、旦那が見守る中、結局張りは治まらず。更に子宮口まで開いてきたとのことでお産が進んでくる


もう産まれると判断され、週数も足りていないことからNICUが完備されている総合病院に緊急搬送になってしまった


一旦お家に帰った旦那を呼び、救急車を待つ。
大変なことになってしまった
産まれたらどうしよう
まだ全然覚悟ができてない
いろんな感情が込み上げてきた
夜11時過ぎ、救急車が到着
お世話してくれた看護師さんにお礼を言い、救急車で運ばれた
そこまで遠くない距離だけど、
ものすごく長く、長く感じた
到着後は救命で処置。
子宮口は開いたまま、更に子宮頚菅は
17㎜まで短くなっていたとのこと。
しかし、点滴の効果も出てきたのか
お産の進行も治まる。
旦那ちゃんは処置の間、夜中2時近くまで拘束され一人で可哀想だったなぁ…
夜中にMFICUに移動。
張り止めの点滴も増えて体がダルい。
その後も採血が4時間おきにありほとんど眠れず朝を迎える。
1月27日(日)
34W4D
なんとか点滴のおかげで出産は回避。
お腹の張りも少しづつ落ち着く。
今の状況、そして34週はまだ呼吸の機能が完全ではないとのことで、なるべくお腹にいた方がいいと説明を受ける。
点滴、採血で腕が痛い。
お昼からは旦那、両親、姉夫婦の
お見舞いで、気持ちも楽に。
一時の楽しい時間を過ごす。
でも皆が帰った後、本格的に副作用が強くなり地獄だった...
いや地獄の始まりだった。。。
1月28日(月)
34W5D
体がダルく起き上がれない。
食欲もなく、倦怠感、震え、目眩、
血管痛、顔面痛、紅潮...
暑くて汗がハンパない。
点滴の血中濃度を測るために、何度も採血。
赤ちゃんを守るってこんなに大変なんだと痛感。
でもだから頑張れた。
お見舞いはやっぱり嬉しく、
いつもその時だけは元気になれた。
張りはほとんど落ち着く。
薬ってスゴい。
1月30日(水)
35W0D
なんとか35週まで乗りきった。
嬉しくてしかたない。
部屋も個室に移動。
点滴も状態が落ち着いてきた&35週に入ったことで段階的に減ることに
体も心も楽になる
ただ、汗をよくかくから膝裏と手の指に汗疹ができる。
とにかくかゆい...(涙)

1月31日(木)
35W1D
汗疹以外は全て順調!
できれば元の産婦人科に戻りたい意向を
担当医に伝え、担当医もこのまま順調にいけば36週で退院もあると。
点滴も朝から減り、段階的に落とし内服に切り替わることもあるとのことで更にテンション上がる
点滴が取れれば退院できることが、
家に帰れることが嬉しくて、嬉しくて
しかし!!
喜んだのもつかのま、やっぱり点滴の量が減ったことが影響したのか、子宮頚菅が更に短くなっているとのこと。
この時点でなんと4㎜だった...
行く先に不安が残る。
そしてかゆい...
2月2日(土)
34W3D
ようやく日付が追い付いた!
もう入院してから一週間。
長かったような、短くも感じ...
いや長かったな!
でも...もう腕が限界かも。
また書きます~
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1月26日(土)
34W3D
この日は朝10時半から出かける予定だった。
にも関わらず10時近くに旦那と起きる(笑)
簡単に準備を済ませ、家を出るときに
ふと昨日の姉の忠告が頭をよぎる

念のため母子手帳を取り戻り車に乗り込む

目的地に向かう途中、産婦人科にTEL

事情を説明したとたん...
直ぐに来て下さい! と

この時も正直深刻に考えてなかった


ついてから、モニターで張りをチェック。
そして内診

内診後に言われた一言が、
「もう産まれるかもしれません」
え?えっ?えっーーー?!?!
慌てて一緒にきていた旦那を診察室に呼ぶ。
子宮頚菅は17ミリと短くなっており、
NSTでの張りは陣痛並みだったとのこと。
旦那も真っ青

とにかく家に帰ることも許可がおりず
そのまま即入院...





動揺隠せず…でも隣の旦那の方がもっと動揺してたな(笑)
旦那に入院の準備をお願いする...
こんなことなら早く準備しておけばよかったとまたも後悔


入院後は直ぐに張り止めの点滴を付けられ
安静の指示

それでも張りは治まらない...
母親、旦那が見守る中、結局張りは治まらず。更に子宮口まで開いてきたとのことでお産が進んでくる



もう産まれると判断され、週数も足りていないことからNICUが完備されている総合病院に緊急搬送になってしまった



一旦お家に帰った旦那を呼び、救急車を待つ。
大変なことになってしまった
産まれたらどうしよう
まだ全然覚悟ができてない
いろんな感情が込み上げてきた

夜11時過ぎ、救急車が到着
お世話してくれた看護師さんにお礼を言い、救急車で運ばれた
そこまで遠くない距離だけど、
ものすごく長く、長く感じた
到着後は救命で処置。
子宮口は開いたまま、更に子宮頚菅は
17㎜まで短くなっていたとのこと。
しかし、点滴の効果も出てきたのか
お産の進行も治まる。
旦那ちゃんは処置の間、夜中2時近くまで拘束され一人で可哀想だったなぁ…

夜中にMFICUに移動。
張り止めの点滴も増えて体がダルい。
その後も採血が4時間おきにありほとんど眠れず朝を迎える。
1月27日(日)
34W4D
なんとか点滴のおかげで出産は回避。
お腹の張りも少しづつ落ち着く。
今の状況、そして34週はまだ呼吸の機能が完全ではないとのことで、なるべくお腹にいた方がいいと説明を受ける。
点滴、採血で腕が痛い。
お昼からは旦那、両親、姉夫婦の
お見舞いで、気持ちも楽に。
一時の楽しい時間を過ごす。
でも皆が帰った後、本格的に副作用が強くなり地獄だった...
いや地獄の始まりだった。。。
1月28日(月)
34W5D
体がダルく起き上がれない。
食欲もなく、倦怠感、震え、目眩、
血管痛、顔面痛、紅潮...
暑くて汗がハンパない。
点滴の血中濃度を測るために、何度も採血。
赤ちゃんを守るってこんなに大変なんだと痛感。
でもだから頑張れた。
お見舞いはやっぱり嬉しく、
いつもその時だけは元気になれた。
張りはほとんど落ち着く。
薬ってスゴい。
1月30日(水)
35W0D
なんとか35週まで乗りきった。
嬉しくてしかたない。
部屋も個室に移動。
点滴も状態が落ち着いてきた&35週に入ったことで段階的に減ることに

体も心も楽になる

ただ、汗をよくかくから膝裏と手の指に汗疹ができる。
とにかくかゆい...(涙)


1月31日(木)
35W1D
汗疹以外は全て順調!
できれば元の産婦人科に戻りたい意向を
担当医に伝え、担当医もこのまま順調にいけば36週で退院もあると。
点滴も朝から減り、段階的に落とし内服に切り替わることもあるとのことで更にテンション上がる

点滴が取れれば退院できることが、
家に帰れることが嬉しくて、嬉しくて

しかし!!
喜んだのもつかのま、やっぱり点滴の量が減ったことが影響したのか、子宮頚菅が更に短くなっているとのこと。
この時点でなんと4㎜だった...
行く先に不安が残る。
そしてかゆい...
2月2日(土)
34W3D
ようやく日付が追い付いた!
もう入院してから一週間。
長かったような、短くも感じ...
いや長かったな!
でも...もう腕が限界かも。
また書きます~
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