プロフィール
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母と3時間過ごした中での会話。
最近の母は認知症が進んできて、少し前のことは忘れてしまうのに、不思議と幼少期の記憶は鮮やかに思い出せるようです。
母は山口県で幼少期を過ごしました。
「どんな子どもだった?」と尋ねると、にこやかな顔でこう答えてくれます。
「お母さんも、お父さんも、優しかったんよ」
その言葉を言うときの母の顔は、ほんとうに穏やかで、優しくて、私にはたまらなく可愛く見えます。
何度聞いても変わらずに返ってくるんです。
「お父さんもお母さんも優しかったんよ」
その言葉に触れるたび、私はふと思うのです。
母のその優しさは、どこから来ているんだろう。
それはやっぱり、愛された記憶からなんだと。
話を続けていく中で、母はふと、こんなことを言いました。
「女の子にいじめられとったことがあるんよ」って。
友達もたくさんいて、明るくいつも笑っていた母。
きっとその笑顔が、誰かの嫉妬を呼んだのでしょう。
ある日、後ろから背中を押されて、坂から突き落とされそうになったこともあったそうです。
幸い大きなケガはなかったけれど、その記憶は、母の中にずっと残っていました。
「泣いとったんよ、毎回。でも、その後は笑ってたんよ」そう言って母は笑います。
仕返しをすることはなかった。
ただ、泣いて、でも笑って。
気づいたら、いじめられなくなっていたそうです。
母の中には、人を責める気持ちよりも、
「自分がされたからこそ、人には優しくしたい」
そんな思いが根づいていました。
それはきっと、母がそのまた両親からもらった優しさ愛のバトン。
目には見えないけれど、確かに心に受け継がれていくもの。そして、気がつけばその優しさは、私へと繋がっていました。
私は人から「優しいね」と言っていただけることがあります。有難いです。
しかしながら、私はずっとそうだったわけじゃないんです。
私も、実は小学校高学年でいじめにあいました。
母と違うのは、私はやり返したんです。
「このままやられっぱなしじゃ人生終わる」
そう思って、強くなろうと決めました。
そして、私はやんちゃになりました。
けれど、どんなときも「弱い者いじめ」は絶対にしませんでした。(だから良い訳じゃないけど)
卑怯なことはしない。変なこだわり。
それは、母から自然と受け継いだ、芯の強さだったのかもしれません。
大人になった今、私は子どもたちと関わる仕事をしています。子どもたちの心の声を聴くとき、私は母との会話を思い出します。
辛かった経験があるからこそ、寄り添える。
決めつけられて、傷ついたことがあるからこそ、決めつけずに向き合える。
私が今こうして子どもたちの「心の土台」を支える仕事に出会えたのは、きっと、母やご先祖様が教えてくれた「私の使命」なのかもしれないと、今は思って感謝してます。
母は、やんちゃだった私を、いつも信じてくれました。「信じてるよ」
その言葉に、どれだけ救われたかわかりません。
いつも笑顔でいてくれた母。
その笑顔は、今も私は忘れてません。
「優しさは忘れない。」
これは、母と私の共通点です。
私は母の愛と母の両親、父の両親、ご先祖様から受け取り続けています。
そして、天国の父からも。
皆さんも、お母さんやお父さんと話してみてください。ご健在であれば、ぜひ♡
家族と過ごせる時間は、そんなに長くはありません。過去の話、思い出の話、幼い頃のこと…
きっとそこには、あなたの「今」につながる、大切なヒントがあります。
そして、誰かに優しくしたいと思ったとき。
それはきっと、あなたの中の「愛の記憶」が動き出している証拠かもしれません。
あー!
今日も幸せな時間を母と保育園の子ども達よ〜
みんなありがとう!心満たされた時間でした✨





