「いってらっしゃい」と送り出してくれた元義母。

会いに行こうと思いながら叶わなかった後悔と、やさしさの記憶。

会いたい人に会えるうちにという想いを綴りました。

 

 

春の風がやわらかくなってくると、
ふと、思い出す人がいます。

 

 

もう一度会いたいなあと思いながら、
そのままになってしまった人のことを。

 

 

元義理の母のことです。

 

 

 

子どもたちの大好きなばぁば

 

 

30年前に離婚したあとも、
子どもたちを連れて、

時々会いに行っていました。



子どもたちにとっては、

大好きなばぁば。



家を訪ねると、

いつも目を細め、

本当にうれしそうな顔で迎えてくれました。

 

 

 

「それでも来てね」と言ってくれた強さ

 

 

でも、

そんな私たちのことを、
よく思わない人もいたようです。



「どうして離婚した嫁を家に入れるんだ。考えられないね。」

 

そんな声もあったと、あとで聞きました。



それでも義母は、

まったく気にする様子もなく、
いつもと変わらない笑顔で

迎えてくれました。



「私は気にしてないよ。いつでも来てね」



その言葉が温かくて、嬉しくて。

と同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。



やさしさというのは、
ただあたたかいだけではなくて、

まわりに何を言われても、
自分の気持ちを変えない強さ

なのかもしれません。

 

 

 



忘れられない「いってらっしゃい」

 

離婚の挨拶に伺った帰り際のことも、
今でも忘れられません。

 

 

義母は怒るでもなく、

責めるでもなく、

 


ただ「いってらっしゃい」

言ってくれました。

 

 

義父も

「いつでも遊びに来いよ」と。

 

 

あの一言に、どれだけ救われたことでしょう。

 

 

 

会いに行こうと思っていたのに

 

 

先月、息子と

「会いに行こうか」と話していました。



けれど、風邪から花粉症、そして副鼻腔炎。

 


体調を崩してしまい、

「良くなったら行こうね」と言いながら、
そのまま時間が過ぎてしまいました。

 

そして今日。

 

思い立って連絡をしてみたら、
「今日、遠くの施設に入所したよ。引っ越したんだ。」と

元主人から聞きました。

 

言葉が出ませんでした。

 

しばらく、何も考えられませんでした。

 

しかも、

私たちが来るのを楽しみにしてくれていたと聞いて、
胸がぎゅっと締めつけられる思いでした。

 

 

 

後悔の中で気づいたこと

 

 

後悔しています。

 

でも同時に思うのです。

 

「会いたい」と思える人がいること。
「会いたい」と思ってもらえること。

 

それは、当たり前ではないのだと。

 

 

 

だからこそ、今できることを

 

 

会いたい人には、会えるうちに。
伝えたいことは、伝えられるうちに。

 

そう心に刻みました。

 

遅くなってしまったけれど、
あの日の「いってらっしゃい」へのお礼を、
今度は私の言葉で届けるために。

 

手紙を書きました。

 

 

 

 

 

 

人のやさしさは、時間が経っても消えないもの。

 

だからこそ、受け取ったやさしさを、
今度は誰かにそっと手渡していけたらいいですね。

 

そんなふうに、思っています。

 

読んでくださって、
ありがとうございます。